侵略教師星人ユーマ

 名がヴァルトラ星人だ。手はハサミ型だ。強くないはずがない。そして実際に強かった。

 第18回電撃小説大賞のメディアワークス文庫賞受賞作、エドワード・スミスによる「侵略教師星人ユーマ」(アスキー・メディアワークス、550円)という物語。10年前、突然に振ってきた12隻の宇宙船は、特に地上を侵略するわけでもなく、世界の各地に居座って、エネルギーとなる鉱物の採取を続けていた。アゾルト星人と名乗った彼らは、人類が話し合おうとしても応じようとしない。出ていってもらおうと攻撃をしかけたら、進んだ科学力によってことごとく返り討ちにされてしまった。

 核兵器もBC兵器も効かない相手を人類は、ならばと無視するようになっていく。それでも、目の前にそんな宇宙船の1つが居座っている日本の海辺の街では、宇宙船を完全に無視することはできなかった。それがそこにいるだけで、影響があるのではと魚の値段が下がって、漁師たちの仕事に影響が出た。風光明媚だった海の向こうに、異質な存在が常にいられるのも、気分的に良くなかった。

 とりわけ桜井家の3人姉妹の真ん中で、高校生の舞依は、宇宙船が来たことで母親の体調に変化が出て、移動の制限もあって満足な治療が受けられないまま、亡くなってしまったという過去から、宇宙船への強い思いを抱えていた。長姉の茉莉や3女の麻美は、それほど気にしている風はなかったけれど、舞依だけは宇宙船を憎み続け、宇宙人を憎みな続けがら10年間を生きてきた、そんなある日。

 街に宇宙人がやってきた。あくまでも自称。長身で銀髪の青年と、金髪で儚げな少年の2人は、それぞれに兄のユーマと、弟のソーマと名乗って、舞依の家の隣に住み着いた。おまけにユーマは国語の教員として、ソーマはその生徒で舞依のクラスメートとして、舞依が通っていた学校に入ってきた。さすがに学校では宇宙人だと広言はしなかったものの、宇宙を基準に地球人の知的水準を計り、叱咤するような口振り授業を行い、生徒たちに不思議な感覚を与える。

 もっとも、決して上から見下すような態度ではなく、日本語の奥深さを讃え、地球の自然の美しさを誉めちぎるような言葉を発しながら、日本人として、地球人としてより高みを目指すように教え、聡し導くような口調だったから、生徒たちは怯えず、むしろユーマのファンになっていった。逆らうように掃除をさぼり、教室から脱出しようとする男子生徒にも、真正面からぶつかり投げ飛ばしては、暴力とは言わず教育といって、相手も周囲も納得させた。

 ちょっぴり想像力がぶっ飛んだ快男児。兄の突飛な言動を取り繕うように、周囲を駆け回るソーマのいたいけさとも相まって、おかしいけれども面白い兄として受け入れられようとしていたユーマだった。もっとも、時折挟み込まれる兄弟での会話には、表では喋らない謎めいた言葉が飛び交っていた。

 444。謎めく数字。どうやら一種のコードらしい444の発動をめぐって、ユーマとソーマは言葉をかわす。いったいそれはどんな事態か。発動されると地球に何が起こるのか。想像してページを繰っていた読者は、いよいよ発動された444の凄まじさに驚き、そして納得するだろう。

 ヴァルトラ星人なのだから、バルタンでウルトラなのだから、強くて格好良くって当たり前だと。

 後半にいたって繰り広げられる、特撮のようなスペクタクルも読みどころだけれど、そこへと至るプロセスで、ユーマが舞依に向かって告げる言葉のいちいちが、自分ひとりで納得し、閉じこもって、その場から進もうとしない人への警句となって響く。

 母親が死んだのは宇宙人のせい。そう決めつけていた舞依の10年は、ただ憎しみを宇宙船にぶつけるだけの存在だった。自分自身で何かをしようという気概はなかった。ユーマは衝いて揺り動かす。お前が嫌いなのは宇宙人なのか。否。自分が嫌いなのは自分自身だ。そう気付いた舞依。けれども、未だ弱き地球人の嘆願を受けてユーマは立つ。敵の企みも暴いて、いよいよ444を発動させる。

 見渡せば自然が豊かで、文化も進み、暮らしている人は心豊かで、食べ物も美味しい。そんな地球の素晴らしさに気付かせてくれる物語。それから、何かから逃げ続けているだけでは、決して明日はやって来ない、今を見つめ、前を向いて進む勇気を持とうと呼びかけてくれる物語。宇宙船がやって来た地域の人たちが、いわれのない風評を浴びて苦労する姿は、見えない恐怖に怯えた心を、何かに押しつけ逃げようとしている人たちが、少なからずいて社会をギクシャクさせている、最近の状況にも重なる。

 そんないろいろを、宇宙からやってきた1人の男がすべてまとめて解決する。地球人に誇りを持たせ、立ち止まっていた背中を押し、虐げられて鬱屈していた気持ちを吹き飛ばす。だから望む。ユーマに来て欲しいと。でも来ない。現実の世界にユーマは残念だけれど存在しない。だから。

 貴方がユーマになろう。自分がユーマになってみよう。そういう気持ちが広がりつながって果てに来る、心優しい世界を見ればきっと宇宙の彼方から、ユーマに似た宇宙人がやってきてくれるだろう。侵略に。侵略に? ユーマは最初からそう言っている。それは困る? でもユーマにだったら来て欲しい。うーん。さあどうする。


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