クラック・ウィング


 タイミングが難しい。ヤングアダルトのシリーズ物に手を出す時の話。表紙の絵でも帯の惹句でも良いから、本屋の店頭で妙に気になった小説が、手に取って確かめて、シリーズ物の10巻目だったりすることが分かると、そこまでたどり着く気力体力金力に押しつぶされて、読む気がとたんに雲散霧消してしまう。だから3巻、せいぜいが5巻くらいまでが一気買い、一気読みに耐えられる巻数じゃないかと思ってる。

 毎月どっさりと出版されるヤングアダルトの新刊も、見ると巻数が付いていたり「シリーズ最新作」と入っていたりして、よほど評判になっているかしないと、伸ばす手がそのまま引っ込んでしまう。読みたいなあ、と悔しい思いをしながらも、シリーズ物に手を出せない歯痒さは、だから新鋭の、これからシリーズ化が期待されるであろう作品を見つけることで、昇華させることにしている。

 作品が巻数を伸ばし、いずれ大シリーズへと発展を遂げた時、同じ歯痒い思いをしているであろう読者をしり目に、自分はリアルタイムで読んで来たんだと、優越感にほくそ笑むことも可能だろう。けれども面白さを自分だけの物にして後まで取っておけない性格が、作家の最初の1歩を大いに喧伝して、その瞬間に立ち会う至福を、あまねく分け与えてしまう。ほくそ笑みたい人にすれば、迷惑なことこの上ないけれど、自分のように歯痒さを味わう人を、増やすのはやっぱり気分じゃない。

 で、ここに立ち上がったヤングアダルトのシリーズ物を、大いに喧伝してしまおう、その名は中追貴六の「クラック・ウィング」(小学館スーパークエスト文庫、543円)。シリーズ物、とはいっても第1巻とも”シリーズ開幕”とも書かれてはいない。しかし、余韻を残したエンディングはまさしくシリーズ化を意識したものだろう。それも人気キャラが登場する”だけ”の、プログラムピクチャー的シリーズ化ではない、提示された広大無辺にして壮大稀有な世界観を、解明するために是非とも望まれるシリーズ化。そう、第1歩につき合う読者が、作者と出版社に第2歩、3歩を踏み出させる力となるのだ。

 舞台は、昭和が平成へと代わら、ずそのまま続いているパラレルワールドの日本。科学と魔術とが融合した世界では、犯罪組織も大いに様変わりして、「北」とそして「南」にそれぞれ「テクノマフィア」と呼ばれる巨大な組織が人々を恐怖で縛ろうとしていた。そんなテクノマフィアと闘うために、登場するのが「クライムファイター」なる非合法の犯罪始末人。強靭な肉体と精神力を3層からなる装甲服で包み込んだ彼ら、そして彼女らクライムファイターは、チームを組み、テクノマフィアの犯罪を阻止しては、その戦利品を奪って糧を得ていた。

 その日、日本某県に巣くっていたクライムマフィアを壊滅させた、「鬼姫」と呼ばれる女クライムファイターは、戦利品を探すうちに離陸そこねたヘリから放り出されたコンテナの中に、1本の金属の筒を見つけた。なにやら再生される物が入っていると見てとった鬼姫は、惹かれ指示されるままに、筒に付いていたキーボードに名前を打ち込んだ。生まれてくるはずだった弟の名前をそのままに「TURUGI」、と。

 筒が開き、起きあがって来たのは全裸の少年だった。とまどう鬼姫をよそに少年は鬼姫に口づけをして、そのまま鬼姫を「マム」と慕うようになる。実は少年は、「バイオロイド」と呼ばれる遺伝子レベルから改造された人間であり、テクノマフィアの組織によって生み出された存在だった。鬼姫の命令だけに従う感情を持たないロボットのような「剣」を、鬼姫こと臣龍奈(おみりゅうな)はもてあましつつ、どこか捨てておけない感情にとらわれる。

 無垢な少年とのぎこちない関係が少しずつ溶け合って、哀しい過去を持つ龍奈の心も少しずつ解きほぐされていく。だがテクノマフィアは、剣を奪還するために、剣と同じ、男とも女ともつかない美貌の科学者によって創造されたバイオロイドの美少女、那瑠を送り込んで来た。魔法をパワーに変える力を持ったパワードスーツ「ダークブレイド」に身を包み、圧倒的なパワーで龍奈を窮地へと追い込む那瑠。そこに突然現れて、龍奈を救ったのが、ダークブレイドと同じ力を持つパワードスーツ「クラック・ウィング」をまとった剣だった。

 別世界から召喚されたドラゴンが、クライムファイター組織「セクションD」沖縄支部の資料室の番人として鎮座ましますほどに、魔法が科学と等価値以上に幅を利かせる現代の、世界がいったいどうなっているのかに強い関心をおぼえる。心に潜む鬼が暴走し、自分の理性を食いつくす恐怖にかられながらも戦い続ける龍奈の、過去になにがあったのかにも興味は尽きない。そして何より、一瞬の邂逅を経て再び敵と見方に別れた剣と那瑠の、これからも続くであろう闘いの行き着く先が、今はとにかく知りたくて知りたくてたまらない。

 圧倒的な迫力を醸し出す、ひび割れた翼を持ったパワードスーツが、再び飛翔する場面に再び見(まみ)えることのできる日をここに強く願う。だから言おう。願いがかないシリーズ化がなされて5巻、10巻と積み上げた時でもなお、つきあって良かったと思わせるだけの作品であり続けることを。5巻、10巻という巻数をものともせずに、新しい読者を惹きつけてやまないシリーズになっていることを。


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