ZIGGY STARDUST
屈折する星屑

 そこはミシガン州デトロイト。モータリゼーションに乗って世界を席巻したビッグ3による自動車産業も、新興国のメーカーに世界での市場を奪われ衰退し、工場は賃金の安い海外へと移転し廃棄され、働いていた人々もそれに伴って街を出て行き、老人と子供だけが残され、街からはどんどんと活気が失われている。そんな街で元気が良いのは若者たちだけ。かつては街の象徴だった車を徹底的に改造し、渋滞など起こらなくなった道路に繰り出して、爆音をとどろかせては命をかけたレースに明け暮れている。

 置き換えればそんな、廃墟へと向かうかつての産業都市に生まれ、育って暮らしている若者たちの、どこか行きたくてもどこにも行けないモヤモヤを、車にぶつけスピードに乗せて燃やそうとする熱くて苦い青春のストーリーということになるだろうか。ただし、江波光則の書く「屈折する星屑」(ハヤカワ文庫JA、740円)で舞台になっているのは、北米のデトロイトでもなく旧い炭鉱の町でもない。太陽系のどこかに浮かぶ円柱型をしたコロニーの中。命を乗せて競い合うのも車ではなく、空中を飛ぶホバーバイクだったりする。

 オニールが提唱したものだろうか、円柱型のコロニーに暮らしている若者たちは、見上げればぐるりと天を覆って足下まで戻ってくる“地面”から等距離にあって、円柱を貫く位置に設置された人工太陽へと向かってホバーバイクを飛ばし、人工太陽の間を行き交うようにして他のホバーバイクとスピードを競い合っている。ミスをすれば激突して死ぬこともあるレースを、それでもヘイウッドという少年はキャットという少女をパートナーにして飛び続け、勝利し続け生き続けている。

 ヘイウッドはプロのレーサーではない。そもそもが若者たちの走りを見て歓喜するようなファンはいない。ただの自己満足。それでも若者たちは飛び続け、合間に仕事をこなしてマシンの改造費を稼ぐ。ヘイウッドもコロニーの外に出て、浮遊する屑を回収しては金に換え、時折混じった何か金目のものをかすめ取っては売り払う仕事をしている。父親もいるけれど酒浸りで連絡もとれず、養ってはもらっていない。母親は父親ではない誰かとコロニーを出て行った。

 後を追う? 追って行ける先などない。だからずっとコロニーに居続けて、死へと向かって少しずつ進んでいくような毎日をヘイウッドも、そしてコロニーに暮らす他の若者たちも送っていた。そこに変化が起こる。ZIGGY STARDUST。エビッド・ボウイ。地球に堕ちてきた男。否、この場合はコロニーに落ちてきた女か。レディー・スターダストことジャクリーン・サイライスが、遠くにある別のコロニーで起こった戦争を忌避して亡命してきた。その途中でコロニーに接触しそうになってヘイウッドを巻き込み、コロニーに投入し、駆けつけようとしたキャットという少女の命を奪ってしまう。

 心の拠り所を失ったヘイウッドは、ホバーバイクに乗らなくなって地表で暴力に明け暮れるようになる。そして3年が経って再会したレディ・スターダストにあっさりと転がされ、彼女が入り浸っていた整備工場のようば場所でホバーバイクの修理を手掛けるようになる。そんなヘイウッドに兄の敵と因縁をふっかけてきたのがオーグルビーという男。ヘイウッドとはライバルだったヴィスコンティを撃墜し、大怪我を負わせ、ほかに何人ものホバーバイク乗りたちを文字通りに葬り去る。

 それでも飛ばずにいたヘイウッドの日々に変化が起こる。コロニーの外に出て事故に遭ったきっかけとなった照準器に秘密があって、それがヘイウッドを空へと戻してオーグルビーとの勝負へと向かわせる。絶望から快復を経て決別へと向かう青春のストーリーが1本の軸となって繰り広げられる。ただし、そこはデトロイトではなく宇宙に浮かぶコロニーの中。寂れていいるようで、決して廃棄されることはなく運営され続けている不思議な形態の裏を探るドラマが繰り広げられ、レディ・スターダーストが彼方から舞い降りてきた理由めいたものも語られる。

 宇宙で生きる人類の間に巡らされた謀略、あるいは生きていくために立てられた策略めいたものが浮かび上がって、宇宙時代ならではの人類の社会であり、経済であり、政治といったものを感じさせる。コロニーといえども地球の宗主国から独立はしておらず、そんな国々の争いの中で翻弄される可能性があることも。そんな壮大なシステムに、田舎のコロニーでホバーバイクを飛ばしていただけの不良が挑んだ果て、宇宙にいったいどんな変化が訪れるのか。しがらみとともに肉体を、心を縛っていたコロニーの重力を振り切って宇宙へと出たヘイウッドが、これから歩む日々が描かれる物語があるのならぜひ、読んでみたい。


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