孤島の姫君 読み切り短編集

 器用貧乏、という言葉が当たっているとは思わないけれど、こうまで多彩な技を繰り出されると、今市子の一体どこにポイントを置いて、作品を見ていけば良いのか迷ってしまう。「百鬼夜行抄」で知られる漫画家で、人間と妖怪との関わりを描いたこの作品で、妖怪の不思議さと人間の浅ましさを端麗なタッチの中にちょっぴりコミカルさも交えて描いて、「陰陽師」ブームが火を付けた妖怪漫画への注目の中、広く評判になっている。

 一方で「あしながおじさん達の行方」のような、ホモセクシャルだったりトランスジェンダーだったりといった領域をテーマに混ぜ、くんずほぐれつのトタバタ劇を交えながらも、ひとりの少年が自分自信の居場所を探してあがく物語も描いてみせる活動の幅広さ。「百鬼夜行抄」の幽玄さに惹かれた人が「あしながおじさん達の行方」も同じ作家だと手に取り読んで驚くだろうことは想像に難くなく、逆もまた同様だったりする。より広い人たちに読んでもらえるよう、テーマではなく漫画家として興味を持ってもらうためには、勧め方にいささかの工夫が必要になって来る。

 読み切りの短編ばかりを集めた「孤島の姫君」(朝日ソノラマ、762円)もこれまた、多彩さに多彩さを重ねたようにテーマも傾向もバラバラな作品が入っていて、「百鬼夜行抄」とも「あしながおじさん達の行方」とも切り口の異なる作品に、どちらかだけを読んで同様のものを期待した人は、もしかしたら戸惑うかもしれない。けれどもこの2作品と、「孤島の姫君」に入っている短編のほとんどに共通して得られる、深刻そうな話でもどこかに織りまぜられたコミカルな部分の出し方に着目し、悲劇に閉じるより希望に開いた(中には喜劇に閉じたものもあるけれど)結末を好きになれるなら、必ずやテーマではなく漫画家としての今市子に、ムクムクと興味が湧いてくるはずだ。

 それにしてもな多彩ぶり。「孤島の姫君」にはホラーありファンタジーありミステリーあり文鳥(?)ありとジャンルも多彩なら描かれるキャラクターたちの傾向も多様で、おまけにどれもが一級に面白くって、改めてその才能に感嘆させられる。たとえば「沈黙」。争いの絶えない国があり、神様によって2つの国に分けられ人間たちは引き裂かれ、行き来することなく暮らしていた。何百年か経って、ひとりの男が間にある森を抜けてもうひとつの国を訪れて見たのは、2つの国があまりに違ってしまっていたことで、男は「もう一緒に暮らすことはできない」とその国を去り、見たことも絶対に喋ろうとしなかった。  こうしてひとつは「沈黙の国」、もうひとつは「暗闇の国」と呼ばれる国が存在するようになった世界で、ある時、国のはずれにあってこの世をあの世をつなぐと言われていた「暗闇の門」を通って「沈黙の国」に、ジェマイマという女性が帰ってきた。20年前に「暗闇の門」を通って森の中に消えてしまった女性で、消えた時と寸分変わらぬ若さを保ち、占いの力も持っていたため「沈黙の国」ではたちまち巫女として祭り上げられ、村長の妻におさまってしまった。

 ほどなくして、今度は「暗闇の国」からヤノシュという男が門をくぐってやって来た。ジェマイマのような不思議な力は見せず、単なる旅人然としてふるまう彼だったが、おかしなことに村では誰もが器量無しと見ているニザートという女性を美しい、ハスキーボイスが魅力的だと褒め称え、唄がうまい村一番の美人には見向きもしない。まるで人畜無害なヤノシュに、けれどもジェマイマだけは過分に反応して村長に彼を殺せといい、できなければ森の神への供え物をこれまで以上に増やせと求める。

 表面的には因縁のある魔女と魔法使いとのバトルに見えるけれど、よくよく読むうちに世界設定に大きな仕掛けがあることが分かり、なるほどだからヤノシュはああいった言動をとったのか、「暗闇の国」と「沈黙の国」との間の行き来が長く途絶えていたのかと気付かされる。異なった文化というよりもはや文明、あるいはそれ以上の種のレベルでのコミュニケーション・ギャップの面白さがを堪能できる。そこから派生するギャグの実に愉快なことといったら。ニザートの弟というサリオにちょっぴり同情したくなる。

 「真夜中の食卓」はひとりの女性が経験する恐怖の一夜を描いた作品、かと思いきやホラー的な状況を逆手に取ったコメディで、謎めいてはいるものの謎が笑いの方向にしか動かないキャラクターたちの言動が最後まで楽しませてくれる。15年も前に出奔した兄を連れに行く途中、いろいろあって気弱な女性と彼女が途中で乗せたヒッチハイカーの男と双子のハイカーといっしょに、山奥にある館へと迷い込む。そこはルーマニアから移り住んだ2人組の吸血鬼が住む館で、哀れ迷い込んだ人間たちはひとり、またひとりと……血など吸われなかった、だってコメディだから。

 2人組の吸血鬼の1人は日本で夜出歩くのに適した事業を手がけ、もうひとりは何十年ぶりかに目覚めたため現代の事情が分からず言動がとにかくアナクロで大仰。ヒッチハイカーの男は女性が探していた薬剤師になった兄らしいものの、薬品に詳しくなく何故か散髪が得意で怪しさ爆発で、もしかするとコンビニを強盗して逃げている犯人かもしれないという疑いも持ち上がる。吸血鬼は吸血鬼であきらめず女性たちの血を吸おうと画策するものの、流れる水が苦手という彼らにとってとんでもないことがおこり、事態はますます混迷の度を深めつつ、一気にラストへとなだれ込む。爆笑の1編。なるほど吸血鬼が嫌う料理はニンニクたっぷりギョーザばかりではないらしい。

 表題作の「孤島の姫君」も見かけはシリアスなファンタジーで、人間の所に嫁いだ竜人族の王妃が娘を残して死んだ7日後、王妃の父親という男が城をたずねて来て、娘が言い残したことはないかと出迎えた夢使いに聞く。王妃からは言付けはすべて守れと遺言されていたにも関わらず、王の命もあって夢使いは男に王妃は何も残さなかったと言ったが、竜人族の男に嘘は通じず、竜と化した男に王宮は破壊され隠されていた姫を連れ去られ、王国の繁栄にも陰りが見え始める。

 それから13年。衰えた王国は大国によって攻め取られ、王は捉えられ親族を隣国へと人質に出すよう求められる。けれども姫君は国にはおらず、仕方なく大国は姫君を連れ戻しに竜人国へと迎えを出すことになった。呼ばれたのは13年前、嘘を言って王国の衰退を招く結果をもたらし、牢獄に囚えられていたあの夢使いだった。

 とまあ、これだけ聞けばありがちなファンタジーながら、すでに状況は大きく違っていたりする。攻めてきた大国が行ったのは虐殺と略奪ならぬ「牛と豚十頭づ処刑して調理」することと、住民を畑へと追いやって自分たちの畑の農作業に勤しませることくらい。大国の進駐軍の中から姫君の迎えにやられたのは、司令官が好意を寄せているオラシアスという名の一介の兵士で、これがまた剣と宝物が大好きという剣オタク、おまけに……といった具合で、誰も彼もが一種独特のキャラクターを持っている。

 そんな状況だから肝心の姫君探しもさしたる苦労もなく展開。恐ろしい竜たちに守られた「西の湖の島」はずなのに、光り物が好きだという竜の性癖につけ込む意外な手段であっさりと進入してしまう辺り、冒険を期待していた人には拍子抜けに移るかも知れない。もっとも姫君が意外な姿で現れて、その意外さの理由が13年前の騒動にもつながっていたりする設定は、恐ろしいはずの竜たちのコミカルな振る舞いのような笑える要素とは別に、ファンタジーの醍醐味ともいえる異世界に独特のルールに触れる楽しさを感じさせてくれる。

 死んだ夫の葬式に出てきた遺影が何故か親戚の別人だったという事態を始まりに、遺影に使える写真を探そうとして妻の浮気と夫の不倫が明るみに出かかり、さらにはもっと複雑な事情までもが浮かび上がるドタバタが楽しい「遺影がない!」は短いながらも珠玉の1編。遺影に心霊写真は向かないという事実、悪事はひょんなところから露見するという真理に気付かせてくれる。そうかと思えば、飼っている文鳥への愛を描いた実録漫画「美しき獣たち」も入っていて、もう何が何だか分からない。

 それでも通して読むうちに、絵の巧みさとキャラクター造型の多様さとストーリーのコミカルさ、そしてテーマ選びの多彩さが持ち味の漫画家なんだということは見えてくる。そういった勘所さえ分かればもう大丈夫。読み終えた時には多彩さに戸惑うんではなく多彩さに喜べる今市子のファンができあがっているはずだから。「百鬼夜行抄」のファンも「あしながおじさん達の行方」のファンも、ししてどちらも読んだことのない人も、ためらわずに読もう。


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