結界師のフーガ

 白いスーツにソフト帽。口を開けば気障の入った男口調でしゃべる美女がいたらお近づきになりたいかい? なりたい! と思ったのなら迷わず水瀬葉月の「結界師のフーガ」(電撃文庫、590円)を読もう。その名も逆貫絵馬という主人公の女性がまさにそんな格好で出ているから。

 どこかの山野。人間の少女と恋に落ち、里を抜け出そうと2人で逃亡中の虎風という名の烏天狗を、隠夜という名の烏天狗が追って遂に追いつめたという場面に現れたのがこの逆貫絵馬。スーツ姿でソフト帽をキリリと被った姿で颯爽と現れては、「かっかっか。手っ取り早く事態をまとめるにはこれしかなかったのさ」と末尾に「さ」を付ける、気障もここに極まった観のある言動を放つ。

 仕事は妖怪専門の「逃がし屋」で、その場でも結界を張る能力をフルに発揮しては隠夜から虎風とその彼女の逃亡を手助けする。手伝ったのが助手の倫太郎という少年。といっても絵馬に茂みから蹴り飛ばされて退治する烏天狗たちの間に放り出されただけ。それで隠夜の気を惹き虎風を逃がした後、絵馬は隠夜の頭を足でぐりぐりと踏みつけ痛めつける。

 まさに理想の女性像、と思った虐げられたい気持ちを心に秘めた人も多そうだが、これでもまだまだ絵馬の本質の一部分しか見ていない。物語が進むにつれて彼女の結界師としてのすごさと相手を煙に巻く弁舌の巧みさと、倫太郎でも誰でも手近な人間をピンチに陥らせてでも事件の解決、すなわちお金儲けにいそしむ容赦なさが発揮されては、ますます被虐的な諸子のハートを刺激する。

 虐められた仕返しをしようと連日彼女の事務所を訪れては撃退される隠夜が、付いてくるのも構わず絵馬が倫太郎と向かった先は人里から結界によって隔絶された村。名前を明かさない差出人から届いた手紙にその村で暮らす神楽冬春という名の少女を、村から逃がして欲しいと書かれてあって、天井知らずの報酬に眼がくらんだかそれとも別の興味があったか、絵馬は謎めいた部分の多い仕事を受けるために、その村へと乗り込んだ。

 実はその村は、妖怪の血を引く人々が、人間たちから見下され虐げられ恐れられる日々から逃れるために住んでいた村で、普通の人間だったら認識すらできない所を、絵馬は結界師という立場を利用し綻びかかっている結界を修復してやると持ちかけ、潜り込むことに成功した。なおかつ結界の修復には時間がかかると偽って、村を治める長の神楽青欧、つまりは逃す相手と名指しされた神楽冬春の父親の家に入り込んでしまう。

 そこで出会った冬春は、病気がちで外にも出られない日々を送っていながら、とりたてて虐げられているということもなく、村から逃げ出したいという気持ちも持っていない。”逃げたい”と求められて初めて仕事をすることを信条にしている絵馬はこれでは動けず、そのまま結界を直す仕事をこなしながらも、村に漂う不穏な空気をかぎつけそれが何なのかを探り始める。

 やがて明るみ出てくる、妖怪の末裔として虐げられて来た清欧たちが逆転を狙ってめぐらせた陰謀と、その陰謀で望むと望まざるとに関わらず、中心的な役目を果たすことを求められている冬春の危機。いよいよ立ち上がった絵馬とそして正体を現し助手としてのつとめを果たす倫太郎の活躍と活劇は、絵馬というキャラクターの気障を具現化したような立ち居振る舞いも加わって気持ちをスカッと晴らしてくれる。

 謎をひとつひとつ暴いていく展開は、伝奇ミステリーのようで先へ先へと興味を引っ張っていってくれる。村で執り行われる儀式の設定についてはいろいろ練られてあって、よくぞここまで考え抜いたものだとその情熱を評価したくなる。虐たげられ続けたからといって小馬鹿にされた程度のことで、命の危機に喘いでいる訳でもないのに人間への反抗を標榜する清欧らの動機の、単純さがやや気になって、虐げられたことで堪った彼らの哀しみに同情しづらい所もあるが、複雑なドラマよりストレートな活劇を狙ったからと納得しよう。

 隠れ里までつきまとっては良い場面でおいしい役所をさらった腐れ縁の烏天狗・隠夜に、冬春の世話をして来た妖怪の血を引く美少女までもが加わって、絵馬の周囲は賑やかさを増すばかり。揃ったキャラクターたちにはきっと次の舞台も用意されると信じたい。絵馬が片腕になった過去を描いたエピソードや、さらにその前、両腕で気負っていた頃の若き絵馬の活躍を描いたエピソードも是非に。


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