川越仲人処のおむすびさん

 1度だけ行ったことがある埼玉県の川越は、ちょうど川越まつりの真っ最中で、いくつもの山車が通りを行き交っているのを見ながら歩き回って、東京にももう残っていない江戸情緒でも言えば良さそうな街並みを眺め、時の鐘と呼ばれる巨大な櫓を見上げ、そんな街に暮らしている人たちはいったい、どんな気持でいるのかを考えた。

 それは、古い街並みを残していかなくてはいけないことから来る、便利さとは縁遠い暮らしに対する不満かもしれないけれど、一方で、大勢の人が今はもう失われてしまったものが川越にはあると感じて訪れてくれることへの喜びかもしれない。川越には今もまだ何かがあるし、何かがいる。そんな気持を抱いて日々を生きていくことが、何もなくて何もいない都会に暮らしている人から、どれだけ羨ましがられているかも、勝手ではあるけれど感じて欲しい気がする。

 川越だったらありえる。そんな推測めいた気持を、本当に川越だからあったんだという確信に引っ張っていってくれそうな物語が登場した。角川キャラクター小説大賞を「コハルノートにようこそ」で受賞し、デビューした石井颯良による新作「川越仲人処のおむすびさん」(角川文庫、640円)には、成婚率が100%という奇跡のような結婚相談所が登場する。

 その川越仲人処に働き初めて3年の桐野絲生は主人公。成婚率100%は噂ではなく、実際に結婚以外の理由で退会した人はいないという。なぜそこまで高確率かといえば仲人処を護っている神様がいるからで、それは信仰という集合無意識的なレベルではなく、実物として存在していた。

 なおかつ神様の見習いまでいて、もふもふとした白い兎の姿をしたままで川越仲人処には派遣されてきていた。人間の姿にもなれて、ユイという名を名乗って絲生といっしょに回ることが多くなったけれど、その霊験あで来るクライアントを即座に添わせるかといえば逆。絲生にの前にはなぜか<変調子>と隠語で語られる難しいクライアントが次々と現れ、成婚率100%を危ぶませてしまう。

 そんな<変調子>のひとりが春日井葵という男。イケメンで建築の仕事をしていて話し方も悪くはないけれど、どこか仮面を被っているような感じがあった。明かしたところでは結婚する気はあまりなく、ただ親への体面で見合いをしているような体を装っていたいらしい。そういうおクライアントは基本的に断っているはずなのに、春日井は処長の知り合いからの紹介らしく絲生のクライアントで居続ける。

 そして野中朱莉という女性も。着飾っていてインスタグラムにインスタ映えする食事の写真を多く貼り付けている派手好きな女性に見えたものの、その所作は妙になめらかだったりするところに、絲生は<変調子>の雰囲気を感じ取った。そんな朱莉が年収1000万円以上を望んだため、さっそく葵を紹介したら朱莉は自分を見ているようだと感じて拒絶した。

 それは、2人ともどこか自分を偽っているところがあるから。葵にに同族嫌悪を覚えたらしい朱莉の本当の心情を探るため、彼女がインスタグラムにあげていた店をユイと名付け人間の姿に変身した神様見習いを連れて歩き回り、朱莉が誰かとではなく1人で尋ねた店での気合いバリバリではない写真を見て、絲生は彼女の本当の姿を感じ取り、彼女が本当に望んでいるだろう実直な左官の男性を紹介して成婚へと導く。

 そうした展開の中に、ユイの思ったことをストレートに言ってしまう神様ならではの遠慮のなさがあり、他人の観察に長けた春日井の示唆もあって、絲生は難しい案件を以後もどうにかこうにかクリアしていく。ただし、神様が見えない糸を異能の力で無理矢理に結ぶような展開はない。あるのはあくまでも人を見て、その本心を探り、何がベストかを考えてあげる積み重ね。ある意味で自力の解決が為される展開を読めば、結婚を望みながらもうまくいかない人たちが、自分には何が足りていないかを感じ取り、モヤモヤとしたものを払う方策を見つけ出せるかもしれない。

 他人に結婚を勧めながらも、自身は再婚を願っていた母親に遠慮をさせたかもしれないという自責から、自分の幸せを求めようとしない絲生の心情も見えてきて、人間とは難しい存在だとも思い知らされる。そんな絲生に葵がドSっぽさを見せつつ優しさも注いだ果てにいったい何が起こる。それは読んでのお楽しみ? 読まずともだいたい分かるけれど。見習いでありながらもユイは、最高に込み入った<変調子>をほぐして結ぶ才知を持った神様だったのかもしれない。

 川越に行けばそんな神様に会えるなら、そして神様がいる仲人処があるのなら、結婚というものを考えている人、未練を持っている人にもチャンスが巡ってくるかもしれない。まさか、とは思う者のそこは小江戸・川越。いろいろなものが今もまだいたりするのかもしれない。行こうか川越。


積ん読パラダイスへ戻る