惑星カレスの魔女
The Witches of Karres

 テレビのユリ・ゲラーといっしょになって祈っても、止まっている時計は動き出したりはしなかったし、スプーンもぜんぜん曲がらなかった。「幻魔大戦」や「AKIRA」や「童夢」をいくら読んでも、石ころ1つ、紙切れ1枚持ち上げる力すら身につかなかった。「超能力」なんて存在しないんだと、少なくとも自分には「超能力」はないんだと、とうにわかっているのに、「超能力」物のSFや漫画を読んだり、アニメやドラマを見る度に、引き出しからスプーンを取り出しては、首のあたりをごしごしとこすってみる。

 「いつか王子様が」というのが女の子の永遠の願望だとしたら、「いつか超能力が」、あるいは「いつか超能力者に」というのは、元を含んだすべての男の子たちの、永遠の願望ではないだろうか。小説や漫画の主人公に自分を投影するも良し、RPG(ロール・プレイング・ゲーム)の魔法使いや勇者になるもよし。現世でかなわぬ願望を、バーチャルの世界で実現しようと男の子たちは小説や漫画を読んでゲームをプレイし、元男の子たちは小説や漫画を書いてゲームを作るのだ。

 それでもジェイムズ・H・シュミッツの「惑星カレスの魔女」(鎌田三平訳、東京創元社、730年)なんて小説を読んでしまうと、ちょっぴり薹(とう)の立って来た自分にだって、もしかしたらチャンスがあるんじゃないかと、ついついそんな気持ちが起こって来る。

 主人公のパウサートはニッケルペダイン共和国の商業宇宙船、ベンチャー号の船長。中年とはいわないまでもそこそこの年齢には達しているであろうパウサート船長は、昔のドジを取り戻すべく、故郷に婚約者を置いたまま、ベンチャー号で自由交易の旅に出た。あれこれやって負け分を取り戻すことができたと気を良くし、辺境の惑星ポーラマの街を歩いていたとき、男に追われる女の子を助ける羽目となった。

 「カレス」という耳慣れない惑星が出身というマリーンと名乗った彼女は、同じポーラマに奴隷として連れてこられた2人の妹、ゴスとザ・リーウィットも助けて欲しいと懇願する。たずねて歩くと購入先の店はどちらも2人の妹を、姉同様に持て余していた様子で、お姫さまを救い出すような困難もなく、パウサート船長は3人のヒロインを故郷のカレスへと連れていった。

 ところがそれが間違いの元。「魔女」の産地として宇宙に響いたカレスに立ち寄り、ご禁制の品々をニッケルダペインに持ち帰ろうとした罪に問われ、あまつさえ婚約者はとうの昔に別の男と結婚してしまっていたという始末。官憲に捕まえられようとしたその瞬間、カレスから密航してきた3姉妹の次女ゴスの「能力」で、窮地を脱して愛機ベンチャー号とともに宇宙へと逃げ出すことに成功した。しかし安心するのはまだ早かった。ベンチャー号が逃亡の課程で見せた超常的な推進方法の秘密を狙って、あらゆる勢力がパウサートに迫って来たのだった。

 そしてパウサート自身にも、「カレス」と接触した影響が出始める。「魔法使い」にも似た超能力がその身に備わって、不思議な経験を次々とするようになる。ヴァッチなる時空生命体との接触を経て、パウサートらが暮らす宇宙を脅かす巨大な存在が明らかになって来て、やがてパウサート自身も、新たに発言した自分の能力を駆使して、カレスといっしょに巨大な敵へと立ち向かわざるを得ない運命へと追い込まれて行く。

 宇宙の命運をかけた戦いに、一介の宇宙船乗りが巻き込まれてしまうというのも、冒険活劇にありがちな設定といえばいえるが、通俗な日常を怠惰に過ごしている現実世界の人間にとって、こうした設定は常に、宝石のような輝きを持ってその目に映る。おまけに主人公が秘められていた資質に開眼し、全宇宙を救ってしまうというダブルで究極な「シンデレラ・ボーイ・ストーリー」。もっとも当の本人に、「宇宙を救うんだ」「俺がやらねが誰がやる」などといった熱血な情熱がないだけに、読んでいて息苦しさも暑苦しさも感じない。

 何よりパウサートが最後に得たものが、これまた輝かんばかりの乱暴な「宝石」というから、もはやうらやましいと言うより他はない。しょせんは小説の中の出来事で、現実の世界から逃避する先でしかないのだとはわかっていても、もしかしたらあるいは、ひょっとするとひょっとしてなどど、万が億に1つもない可能性を、抱き始めている自分に気が付く。

 作者のシュミットは81年に死去。船と女性と仲間を得て、さあ次の冒険に出かけようといった雄気堂々のエンディングであるにも関わらず、「惑星カレスの魔女」の続編が書かれた様子はなく、もはや永遠に書かれることはない。パウサートとゴスのデコボコ・コンビがはたしてどんな活躍をするのだろうかと、いくら想像をたくましくしたところで、それは見果てぬ夢でしかない。どこの誰でもいいから、元男の子の小説家諸氏よ、あるいは漫画家諸兄よ。後を引き継ぎ続編をものして、僕たちに夢の続きを見せてはくれないだろうか。




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