彼女んだ
 「原始、SFはバカ話であった」っていうのは、大原まり子・岬兄悟夫妻の編纂によるアンソロジー「SFバカ本」(ジャストシステム)の帯のコピー。「昔も今も、西澤ミステリーはバカ話以外の何者でもない」っていうのは、僕が西澤保彦さんの作品に勝手に抱いている偏見です。

 そんなにたくさんの西澤ミステリーを読んだ訳じゃないけれど、「七回死んだ男」だって「殺意が集う夜」だって「人格転移の殺人」だって、読んでいるうちに思わず「この大ボラ吹きが」って、怒ってじゃなく大笑いしながら、のたうち回りたくなる瞬間があるんですよ。

 だから最新刊の「彼女が死んだ夜」(角川書店、840円)も、大笑いする設定を大マジに解決しようとする話かと思っていたんです。ホラ帯にだって「抱腹絶倒! 書き下ろし新探偵ミステリー」って書いてあるんですよ。それが意外にも哀しくシリアスな内容で、ちょっと涙しちゃったんです。驚きました。

 いえ、べつに全編お涙頂戴の人情話で埋め尽くされてるって訳じゃないんです。読む人によっては「やっぱバカ話だあ」って思うかもしれないんですから。ちょっと可愛い女の子がいて、明日からアメリカに旅立つって前の夜に開かれた壮行会から家に帰ったら、見ず知らずの女の人が倒れてたんです。バリバリの箱入り娘で、ようやくにしてアメリカ行きを両親に納得させた、その前日の事件だったものですから、女の子はすっかりウロたえちゃって、さっきまで飲み屋で騒いでいた男の子たちを呼び寄せて、見ず知らずの女の人を捨ててきてちょうだいって頼むんです。

 やっぱり無茶な展開じゃないかって言うんでしょう。確かに常識的な人だったら、警察に連絡して身元を確認してもらうなり、お医者を読んで女の人を調べてもらうでしょうからね。でも、女の子(女の子に限らないか)って、時にとっても非常識になれるんです。自分では常識だと思ってるから始末が悪いんですけど。それで、捨ててきてくれなきゃ死んじゃうって、カッターナイフを喉に当てて騒ぐんですよ。言うことをきかない訳にはいかないじゃないですか。理由がはっきりしている以上、決して「バカな話」じゃないんですよ。

 それで捨てに行きましたよ。タックこと匠千暁クンとボアン先輩こと辺見祐輔さんは。えっ、知ってる名前だって? そうなんです。僕は知らなかったんだけど、この2人組、西澤さんのデビュー作「解体諸因」のメインキャラクターなんですってね。西澤さん、今まで重複するキャラクターってぜんぜん出してなかったから、これで初めての「シリーズ物」が誕生したことになるんですね。おめでとう御座いまあす。

 シリーズの第1作が後から書かれるのって、最近のミステリーじゃあ普通なんですよね。摩耶雄嵩さんのメルカトル鮎シリーズなんて「最後の事件」が最初に書かれてたんですから。あれじゃあ続編の出しようがありませんから、どんどんと時代と遡るしかありませんものね。西澤さんの「彼女が死んだ夜」も、「解体諸因」より前の時代の、タックとボアン先輩がまだ大学生だった頃の話になるんです。サブタイトルも「匠千暁第一の事件」ですから、後から書かれた「シリーズ第1作」って行っても、全然差し支えないんじゃないかと思います。

 女の人を公園に捨てちゃってからも、やっぱり「バカだなあ」って展開は続きますよ。箱入り娘の両親が、ホームステイが条件だったとはいえ、急に娘の海外旅行を認めるようになった理由とかって、普通じゃあとても考えつかないような話なんですから。でもね、ストーリーが進むにつれて、どんどんと哀しくなっていくんです。

 自宅に転がっていた女の人を捨ててって、友だちにお願いするに至った女の子の心に秘められた想念っていうのが、びんびんと伝わって来るんです。そんな女の子のホレちゃって、タックやボアン先輩といっしょに女の人を運んだ男の子の行動も、とってもいじましい。ズルい男とズルい女、いじましい男といじましい女。そんな男たち女たちが騙し騙され合って迎えた悲劇。事件の全てが解き明かされた最後の場面で、タックは友達をなくしてしまったことに気がつきます。ワイワイガヤガヤと夜を徹して飲み明かす時もあった、自分の大学時代のことを思い出し、タックたちを襲った悲しい結末と重ね合わせて、なんだかとっても哀しい気持ちになりました。

 でもやっぱり西澤さんですね。どんでん返しの繰り返し、底知れないサービス精神を最後までふんだんに見せてくれて、やっぱり最後の最後で「くすっ」と笑ってしまいました。続編は書かれる・・・みたいですね。タカチこと高瀬千帆さんのタックいぢめをもっと読みたいなって思っています。西澤さん、ぜひともお願いします。


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