神様の短剣

 神は人なんて創造していない。人が神を想像した。自分たちを導き、あるいは束縛する存在として、人が神を、あるいは超越者を作り出して、頭上に据えた。

 生命のスープから発生して、進化して、道具を操り思考をめぐらせる知性を育んだ人類は、生存のためにすべてをかける動物のような本能を理性で抑え、襲いかかってくる驚異も技術でねじ伏せて、自分たちの意図する形で生きていけるようになった。そんな人類に、もはや神の恩恵なんて必要ないにも関わらず、人は神を想像した。なぜなのか。

 空想に過ぎないと解っていて、恩恵など何も与えてくれないと認めながら、人は神を欲した。その理由を探るような冒険が、人類を滅亡の瀬戸際まで追いつめた天使たちを狩る、ひとりの少年を主人公にした辻成介の「神様の短剣」(講談社、1400円)に綴られる。

 人が大好きだからと地上に降臨した天使たちが、社会に受け入れられて30年ほど。天使の周辺で増え始めた奇病の原因が、地上に降りた天使から出る瘴気だったことが分かって、天使たちは一転して追われる身となり、狩られる立場になるけれど、時すでに遅く、瘴気が漂う大気の中で、人類はひたすらに衰退へと向かっていった。

 それから数百年が経った地上で、神は人類に世界を取り戻させようと、殺されれば死にはしても、そのままでは決して老いず、寿命もない肉体を持った人間を送り込んで、地上に残っている天使たちを狩るという使命を与えた。アルファもそんな天使を狩る人間のひとり。目覚めた彼は、そこにいたミナカルという案内天使を連れて地上を歩き、使命に従って出合う天使を殺して回る。

 人好きがしたり、見た目が幼い子供だったりする天使を短剣で刺し殺すことは、たとえ相手が人間に害のある天使でも、手を下す人間の心に大きな負担を与える。最後にはパートナーの天使も殺さなくてはいけない運命も待っている。そんな使命に、アービアスという名前だったアルファの前身は、絶望し、嫌気が差して歩みを止めた。天使を狩ることを拒否し、神罰を受け入れ、記憶を消されて再び地上に目覚めさせられた。

 それでもアルファは迷った。使命を諾々と受け入れることを拒んだ。そして考えた。神は、どうして人と天使に過酷な運命を課したのか。全能の神ならば、天使が人間の害毒になるようなことにはせず、共に暮らしていけるようにでいたはずではないのか。

 そう思い、この悲しみと苦しみだけが募る殺戮を終わらせるため、神の居場所を求め、廃墟となった地上を旅して歩いた果て。アルファは神が抱いていた絶望を知り、苦しみを知って立ちすくむ。それでも今を拒絶し、未来のために畏れを抑えて過去を断ち切った、先。

 そうやって生まれた世界、神による制約がすべて外された世界で人は、天使は本当に幸せになれたのか。否。前にも増して陰惨さを増し、狡猾さすら漂いながら続く、天使と人間との憎しみが憎しみを招くような争いが、叡智をもって技術も得た存在でありながら、決して万能ではなく、全能でもない人間の本質を浮かび上がらせる。

 たとえ心や技術を持っていようと、逆にそれらがあるからこそ人間は、沸き立つ抑えられない憎しみの感情や殺戮への衝動、好奇心から生まれる大量破壊への欲望を、抑えるのではなく発露させようとする。そして知性があるからこそ人間は、覚える恥の意識、行為の責任を、自分たちで噛みしめず超越者へとおしつけ、安寧を得るために、神を想像して頭上に据えたのかもしれない。そんな思いが浮かんでくる。

 人間にとって愛くるしい隣人だった天使が、人間には害毒だとわかったとたんに、世界が手のひらを返し、天使を追い立てていく醜悪さが心に刺さる。その中で、流れに逆らってひとり、天使をかくまい続けようとした少年の愚直さが、救いの手のように輝く。自分だったら同じ道を選べたか。死ぬ覚悟をしても誰かのためになれただろうか。考えてなかなか出せない答えに立ちすくむ。

 優しい少年と美しい少女が出合い、共に旅をして信念のために戦い、殉じていく姿の清らかさを味わう、青春ファンタジーとも言えそうな「神様の短剣」。一方で、荒廃した世界のビジョンの上で、ヒューマニズムという考え方の裏側にある、純粋さとは違った計算高さを暴き立て、神という存在の意義へと迫ろうとした物語だとも思わせる。何を受け止めるかは読んだ人次第。読み終えて自分ならどうしたか、どうするのかを己に問い、そして祈ろう、自分に、さもなくば神に。


積ん読パラダイスへ戻る