せいしゃく
星灼のイサナトリ

 鯨を捕るのはいけないことかと聞かれれば、他に食べるものもあるのに、わざわざ鯨を食べる必要があるのかという答えもあれば、食べられる鯨がいるんだから、捕って食べて何がいけないといった答えもある。

 食べたいなら食べれば良いし、食べたくないなら食べなくて良い。それだけのことと片づけて良いはずなのに、鯨を捕ることが国際的な問題として持ち上がっているのは、ひとつには絶滅が危ぶまれているからという意見があり、もうひとつには知性を持った動物、あるいは可愛い生き物だからといった意見があるからだ。

 絶滅が危惧されるなら捕らない方が良い。知恵があるとか可愛いといった意見については、誰もが諸手をあげて賛意を示すことは難しい。知恵を持もった人間を人間は、戦争や扮装で殺しているではないか。そんな意見も飛び出してまとまらない。

 これが地球ではなく、地球から遠く離れた星の場合では、答えは明快、鯨は捕る。人が生きるために必要だから捕る。固い外殻(ウロコ)で全身を覆った巨大な鯨を相手に、人は鎧を身にまとい、手に銛を持って直接対峙する。

 海の上で鯨を相手に格闘戦? そうではない。格闘戦はそのままに、戦う場所は海の上ではなく砂の上。地球と違ってその星は、大陸のほとんどが砂に覆われていて、人は砂を泳ぐように暮らしている鯨を、重要な食糧資源にして生きていた。大樹連司の「星灼のイサナトリ」(一迅社、638円)で舞台になっている、大地(テラ)と呼ばれる星だ。

 もっとも、主人公の那取洋は、テラに生きる地の民(テラナー)ではない。地球人。遠い昔に滅亡しかけた地球を脱出し、星の海を漂った果てにたどり着いたのがテラ。そこで地球の人間たちは、テラナーと同化はせず、閉鎖された塔を築いて文明を維持しつつ、1000年近くを過ごしてきた。洋は、そんな地球から人々の子孫ということになる。

 塔に暮らす人間は、完全にテラナーとの関わりを経った訳ではなかった。テラの大気は、地球から来て塔に暮らす人間には刺激が強すぎて、外に出ることはなかったが、代わりに精神をアンドロイドのような作業体、ヒルコに移して外へと出して、テラナーたちのように鯨を相手に戦う娯楽を生みだした。

 洋もそんな1人として、ヒルコを使って外へ出ては、テラナーたちの鯨捕りに加わることがあった。他の塔の民たちが、後に食料にすることを考えず、スポーツとして鯨を狩っていたのに対して、洋は性格からかテラナーたちのギリギリの戦い方に共感を覚え、共同戦線を張ることが多かった。

 そのためか、ある事故で自分が長く使い続けてきたヒルコを失い、またその事故で、塔を統べる機関から罰を受け、軍隊に入隊を迫られた洋が、塔を逃げ出し、鯨と捕鯨船団が戦う場面に行き合わせた時、船団のメンバーに洋の戦い方を知っている者がいて、洋を割にすんなりと受け入れた。

 もっとも、こうして始まった、洋の捕鯨船での生活が、都会から森へと出て暮らす人間の驚きを描いた、ナチュラリスト的な物語へと向かうことはない。塔から何か持ち出していたらしい洋を追いかける部隊が編成されては、洋を追いつめていく戦いのストーリーが繰り広げらる。

 さらにその過程で、洋が捕鯨船に拾われるきっかけになった戦いで倒した鯨から現れた、人間のような雰囲気ながらも、ヒルコのようにその精神に入り込める少女との関係が描かれて、何かを企む塔の民たちと、鯨を捕り自然に従って生きているテラナーたちとの対立が浮かび上がって、星の未来に不穏な影をなげかける。

 どこか琉球めいた風俗が持ち込まれた世界観の上に、捕鯨という日本の海洋文化が乗せられ、対比として、発達した文明による娯楽としての捕鯨が示され、伝統か文明かといった対立軸から、自分は世界どどう向き合うべきなのかと教えられる。

 一方で、テラナーたちの命を守ろうと頑張ったがために、かえって麦の汚染を招き食料危機を呼び込んで、テラナーたちに不自由をかけてしまった洋の振る舞いから、すべてを護ることの大変さを思い知らされる。それでもすべてを護りたいと願う心の大切さも、同時に感じさせられ迷いを招く。どうしたらいいのか。考えるしかないのだろう。

 捕鯨の際に使われる、捕鯨鎧という生態的なパーツによって作られたパワードスーツのガジェットや、人間が意識を映して戦いに用いる、ヒルコという生体アンドロイドのガジェットが、物語世界の独自性を感じさせ、そうした世界から今後繰り出されるガジェットを想像する楽しさをもたらす。

 そしていさな。鯨から現れ、鯨を意味する名をつけられた少女の正体は何なのか。世界の成り立ちにも関わるだろう問題に、どんな答えが示されるのかに興味が向かう。これから先に、どんどんと強まっていくだろう塔の攻撃に、洋や捕鯨船のメンバーがどう立ち向かっていくのかにも。

 そうした探求と戦いの果てに、いったい何が待っているのか。舞台となっている星そのものに影響が及ぶ展開なのか。そもそもこの星は地球から遠く離れている星なのか。疑問に示される答えに期待しながら、続きが出る時を待とう。


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