今すぐ辞めたいアルスマギカ

 魔法少女になるのは多分大変だろうけれど、辞めるのも大変なものらしい。

 テレビの中の世界みたいに、1年経てばお次の魔法少女たちとなれば、やっている方も覚悟が出来て、せめて任期の間は頑張ろうという気になれる。けれども、いつ果てるとも分からず、魔法少女を何年も何年も続ける羽目となったら少女たちは、いったい何を思うのか。もうやってられない。そう思って当然だ。

 氷高悠の「今すぐ辞めたいアルスマギカ」(ファンタジア文庫、600円)に登場する魔法少女のヒロインが、今まさにそうした状況にあって、心をいろいろと迷わせている。魔法連盟の選別によって日本中に魔法少女が出現して、悪の組織と戦うようになったものの、それをたったひとりではなく、ひとつのチームでもなしに大勢作って地域別に担当を割り当てたからたまらない。

 関東では23区内を受け持つ華やかな魔法少女のチームが居る一方で、23区外と千葉埼玉神奈川の南関東は、「キューティクルチャーム」が受け持つことになった。そのひとりで、リーダー格のチャームサーモンこと有絵田ほのりが、お仕事のたびに口にするのが「魔法少女なんて辞めてやる」といった類の言葉。せっかく憧れていた正義のヒロインになれたのに? それを言えるのは事情を知らない人くらいだろう。

 なぜなら「キューティクルチャーム」の時給はゼロ。正義のヒロインだから仕方がないとしても、東京23区以外が担当のために、事件が起こったらそこが千葉でも神奈川でも埼玉の奥でも、はるばると出向いて行かなくてはならない。交通費は自腹で。これは痛い。とても痛い。けれども仕方がない、彼女は魔法少女を引き受けてしまったのだから。

 もちろん、最初のうちは喜んで魔法少女をやっていた。自腹だろうと遠方だろうと勇んでかけつけては、「キューティクルチャーム」のコスチュームにいそいそと着替えて敵の組織と戦っていた。けれども、9年もやっていたら流石に飽きる。というより恥ずかしくなる。受験を控えた女子高生にもなって、ヒラヒラな服を着て恥ずかしいセリフを言って、ショボい敵と戦っていれば周囲の見る眼も厳しくなる。それに耐えられなくなくなる。当たり前だ。

 だから辞めたくて仕方がないけれど、だからといって真面目で他人を救いたいという気持ちも強い性格からか、仕事をサボタージュはできない。同じメンバーで、すでに20歳になっているチャーム番長こと新寺薙子が来なくなっても、自分は幼なじみの雪姫が変身するチャームパウダースノウとともに、闘いの現場に立ち続ける。その相方のチャームパウダースノウがまた可愛くて、仕事にノリノリなことが有絵田ほのりの心を痛めつける。なぜなら……。それは内緒。

 そんな具合に事情もあって、いつでも辞めたいすぐにでも辞めてやると思っていたところに、ようやく次の魔法少女が誕生するきっかけが現れる。有絵田ほのりの弟が連れてきた女の子が、ずっと昔から魔法少女に憧れていただけにとどまらず、魔法連盟が派遣する妖精によって指名を受けて、次世代の魔法少女への道を歩み始めた。

 これで抜けられる。そう大喜びしたけれど、深く魔法少女に憧れるだけあって、正義に少しばかり歪んだ思いこみを抱いていた女の子は、その強さに振り回されてなかなか巧く戦えない。本来なら3人が1組になる南関東エリアの魔法少女の、後継2人もまだ見つかっていない状況で、チャームサーモンの仲間だったら2人が残る形になったため、メンバー間の関係がギクシャクとしてうまく戦えない。

 そんな惑う姿を見て、有絵田ほのかは自分の本当の気持ちに気づくというのが、この「今すぐ辞めたいアルスマギカ」の主な展開。文句は言いつつも責任感が強くて抜けられない人間にとって、他人事ではない有絵田ほのかの心労具合。ブラック企業に務めながらも、さっさと抜けられない人間の、決して心が弱い訳ではなく、責任感から離れられない心情といったものも浮かび上がってくる。

 もちろん、口は悪くても与えられた仕事は頑張ってこなしてピンチも耐え抜いて、正義を貫き通そうとする有絵田ほのかの性格は嫌いではない。せめてもう少し楽をさせてあげたいし、華やかな現場にも立たせてあげたいけれど、南関東ではやっぱり無理か。開けそうだった恋路もあっさりと潰えたし、次はいったい何を目標に生きていくのか。すぐに交替できるのか。母親が魔法少女をやっていた時すら上回ってしまうのか。興味を持って見ていこう。

 そうなった時に雪姫がどうなるかも。変わらないだろうなあ、やっぱり。


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