召喚主は家出猫 1喚ばれてみれば最前線

 「そなえよつねに」というのは、日本に限らず全世界のボーイスカウトにとってのモットーで、趣旨としては何があってもすぐに対応できるよう、常に準備をしておこうというものだけれど、単に道具を揃えて万端にしておくことに限らず、心も体も含めて日々しっかりと鍛え上げて、いざというときに即座に実行に移せるようにしておこうという、深くて大きな意味合いを持っている。

 そんな「そなえよつねに」というモットーが、まさかライトノベルに登場しては主人公の行動の規範となり、活躍の基本になるとはかつてボーイスカウトだった今の多くの大人たちも、そして現役のボーイスカウトの少年たちも、思っていなかっただろう。そのライトノベルとは鷹見一幸の「召喚主は家出猫 1喚ばれてみれば最前線」(角川スニーカー文庫、600円)。主人公の山吹翔馬という少年はボーイスカウト経験者で、今は高校生となって学校で生存活動研究部を作って活動している。

 いざというときに供えて道具を揃えたり、実際に使って体験をしたり、知識を学んで心構えをしておくのが生存活動研究部の活動内容。つまりは「そなえよつねに」。そうした意識が芽生える根底には、水沢御綱という同級の友人の妹と山に出かけて事故に遭い、瀬里奈という名のそのその妹に怪我を負わせてしまった経験と記憶があって、何があっても動ぜず行動できるようにいようと、翔馬を決意させた。

 もっとも、その瀬里奈は小学校から中学校へと進むに連れて、アウトドアというよりインドアの魔法や魔術に興味を抱くようになって孤立。そして突然失踪してしまってどこを探してもみつからず、以来2年もの間行方不明の状態が続いている。カレーパンが大好きだった瀬里奈のために兄の御綱はカレーパン断ちまでしているくらいの心配ぶり。そんな瀬里奈と翔馬は、なぜか突然の再開を果たす。

 学校帰りにこれもサバイバルに向いている米軍御用達の自転車で走っていた時、気がつくと自分が今まで居たのとは違う世界にいて、そこで巨大な恐竜めいたものが暴れている姿を目撃する。さらに、追われていた3人の少女たちの中に2年前に失踪した瀬里奈がるのを発見。どうやら現世で凝っていた魔法の技術が発達したのと、現世への忌避感から異世界へと飛んでしまい、そこでとてつもない魔法を発揮して尊敬を集めると同時に、他国から狙われる存在になっていたらしい。

 もっとも、鉄が周囲にあるとどうも魔法が使えなくなるようで、それを狙って準備をしていた謎の敵の罠にはまってピンチにあった3人を、翔馬は自転車にいっしょに乗せて運んで竜を振り切り、そして襲ってきた敵国の人間も捕まえて無事に本国へと帰還する。そこで聞いた瀬理奈の状況。居場所の無さに悩んで落ち込んでやって来たこちらの世界で活躍している彼女を家族や自分を悲しませたことについては非難しつつ、それでも頑張ってこちらの世界で活躍している姿を誉め、自分を召喚した瀬里奈のために、彼女が所属する国と敵対する国との戦いに参加することになる。

 すでにとてつもない力を持っていると知られ、対策も講じられてしまった瀬里奈だったけれど、そこに召喚された翔馬のサバイバルの知識がものをいう。瀬里奈の魔法やほかの大勢が使う魔法が最大限に発揮されるように作戦を練って、押し寄せてくる数万もの敵をまず撃破。するとそこにとてつもない兵器が現れ、これをどうすればいいというところで以下次巻となっていて、敵国にその世界とは違った知識を持ち込んだ誰かがいて、何かを狙っているのかもしれないといった興味を抱かせる。

 もっとも、異世界に来ても冷静で状況を飲み込み的確に動いて居場所を得ていく翔馬の活躍があれば、強大な敵でもこれでどうにか相手にしていけそう。今を決して油断しない精神もあって、参謀とも軍師ともいった立場で敵に立ち向かう。まさに「そなえよつねに」の精神。読んで自分が異世界に召喚される可能性を想像し、何をすべきかを心に刻んで、そして実践しておこう、「そなえよつねに」というモットーを。

 それにしても30余年も昔のボーイスカウトたちは、割と平気にナイフを、それもキャンピングナイフのような小さな物ではなく、木も削れて薪すら割れそうなナイフをカバンにいれて普通に持ち歩いていた。今は小さなナイフですら、銃刀法に違反していないにも関わらず、危険物を使える状態で持ち歩いているからということで取り締まられる。

 翔馬はだから、ナイフの刃渡りを抑えるだけでなく、ケースにいれてテープでぐるぐる巻きにして、すぐには使えない状態にしているという。それでは道で熊や狼に襲われても、ナイフを出して抵抗できないという心配はあるけれど、現実世界には熊も狼もいやしないからそういう理由は通らなさそう。だから警察の取り締まりにも「そなえよつねに」。ボーイスカウトのモットーも、視野を広げて使う必要がある。そんな時代に生きている。


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