HOUSE OF THE HORROR


 綺麗な絵を描く漫画家だという記憶はあっても、MEIMUについてはどんな物語を描いていたのかという記憶がほとんどない。うっすらと、美少女コミックアンソロジーなんかに短い作品が掲載されていたように覚えているが、それすら起承転結どんな展開だったのか、極めて朧気な記憶しか残っていない。

 絵柄に惹かれて、個人集の単行本も最初に出た何冊か続けて買ってはみたものの、それもやっぱり物語というよりは断片のような、物語よりは綺麗な絵で押す作品の集成だったように思う。以来だいたい10年近く、読む対象としてMEIMUの名前は自分のリストから外れてしまっていた。

 ひょんなことで、というより新刊の平台に山積みになってる単行本にふと目が行って、たまたま読む漫画本に枯渇していたこともあって久々に、本当に10年ぶりくらいに買ったMEIMUの単行本「HOUSE OF THE HORROR」(ワニブックス、900円)を開いて、この10年放っておいたのが惜しくなるくらいに驚いた。絵柄の巧みさだけでは難しかった、物語によってのみ喚起される”恐怖”を、”歓喜”を、”悲哀”を存分に感じさせてくれる、珠玉の短編が収められていたからだ。

 冒頭の「HOUSE OF THE HORROR」からして恐ろしい。床に横たわる少女。目覚めると全身を激しい痛みが被っている。見上げた天井の大穴からは尖塔がのぞき、自分はそこから落ちたのだろうかと考えるが、落下の衝撃のためか記憶がまったく失われ、自分だ誰でそこがどこなのか思い出せない。

 部屋を徘徊し、やがてそこが岬の突端に立つ巨大な屋敷であることが解ったが、住む人は誰もおらず、どこかおかしい雰囲気に満ちていることに気が付く。少女はそこから逃げ出そうと焦るものの、なかなか出口は見つからず、そうこうしているうちに椅子に座らされた全身を刺され切り刻まれた女性の死体を見つけ、迫り来る息づかいを感じ、落下した地下室で山ほどの死体と衰弱したまだ生きている人間を発見する。

 だが人間は少女の姿に喜ぶどころか激しい脅えを見せ、そのまま絶命してしまう。やがてたどり着いた出口に、少女は喜びの表情で走り出す。しかし出口にたどり着く寸前で、息づかいの主だった男が手に斧を持って、少女に襲いかかって来たのだった・・・・。

 と、ここまでならよくある”恐怖の屋敷”に”襲われる美少女”という、よくあるホラーのシチュエーションだが、この先に繰り広げられる惨劇を目にし、可憐な美少女の秘密と、襲いかかって来た男の正体に気づいた瞬間、移入していた恐怖の主客が転倒し、よりいっそうの恐怖を覚えて戦慄する。およそホラーには縁遠いと感じていたMEIMUの持ち味ともいえる綺麗な絵、可憐なキャラクターが、ここではかえって物語の残酷さを煽っている。

 2編目の「DOLL」は、ストレートに襲われる美少女というシチュエーションの作品だが、襲われる恐怖というよりも、ストーカーによって監禁され陵辱される美少女が、次第に過酷な現実から目を背け、なすがままになっていく展開に封じ込めている欲望を刺激され、やがてストーカーの正体が社会的にはごくごく普通の人物だと示唆されるに至って、誰もがきっと心の奥底に持っている獣性を、激しく揺り動かされて怖くなる。

 書き下ろし作品の「赤い花−BLOODRED−」も、同じ襲われる美少女というシチュエーションを持っているが、こちらは「DOLL」のような己が真正を暴露される恐怖を覚えながらも、より深く肉親の情愛を感じることの出来るラストに、暖かで幸せな気持ちになれる。早くに両親を失い施設に引き取られた少女は、自分に親切にしてくれる人を次々と不慮の事故や事件で失い、いつしか「魔女の子供」と呼ばれるようになっていた。

 やがて成長し、働く自分を見初めてくれた大金持ちの青年も、惨殺されて失ってしまった少女は、私立探偵と名乗る男と連れだって、自分がかつて暮らしていたという焼け落ちた館へと連れていかれる。そこで見た物は、惨殺の現場に残されていたものと同じ、一面に咲き誇る血の色にも似た真っ赤な花だった。

 開放された扉の向こうに、残されていた両親の痕跡を見つけて、少女は自分を護って来てくれた両親の強い情愛に涙する。それは感動的な光景だが、一方でいつまでも両親の呪縛にとらわれている少女の境遇と、その少女が世間から与えられて来た、それしか与えられなかった打算的な関心の数々に、釈然としない思いや寒々とした思いを感じて身震いする。

 「SHIRENE−水の生命体−」と「大地の果て」はホラーというよりはSFテイスト溢れる作品。環境を脅かす人間が受けた罰を、ただ1人生き残って見届けた少年が、やがて海へと還っていく「SHIRENE−水の生命体−」には、主人公同様に、終末への恐怖よりも原始へと還る安堵感を覚え、そこまで人は世界を達観せざるを得ない状況に追い込まれてしまっているのかと、傍目に茫然としている自分を見る。

 また、干上がった土地で、雨を乞うために旅だった少女が、仲間を失い自らも傷つきながらたどり着いた果てで、最後の力を振り絞って機械にカードを射し込んで、雨を振らせる「大地の果て」には、おそらくは文明の発達した果てに崩壊した世界が、それでも文明に頼らなくては生きていけない矛盾に、少女の自己犠牲の虚しい美しさが加わって、哀しい思いでいっぱいになる。

 もともとの画力に、さらなる磨きがかかった上に、物語力まで加わったMEIMUが今後どんな活躍を見せるのか。ホラーのみならずファンタジーにSFにミステリーにロマンスに、活躍の幅を広げて次なる驚きを感じさせて欲しい。


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