ひとりできるモン!

 人生いろいろ。女はいろいろ。男だっていろいろで、だから楽しい人生模様。西炯子の「ひとりで生きるモン!」(徳間書店、657円)を読めば誰でもそう思う。きっと思う。だって凄いんだもん、出てくる男女のどいつもこいつも。

 まずはクミちゃん。美少女で彼氏がいて幸せいっぱいの彼女は実はとっても傷つきやすくって、綺麗な夜景を目にして「きれーな夜景いいフインキ」「なんかいいよネこういうフインキ」とつぶやいたところを彼氏に「”フインキ”じゃなくて雰囲気”フンイキ”なんだけど」と優しく突っ込まれてしまったからもう大変。立ち上った恥ずかしさの血気に「カッ」と額に血管を浮き立たせ、「”フンイキ”って言わなきゃあたしたり死ぬわけ!?」と傷ついた心を訴える。

 とにかく傷つきやすいクミちゃんは、ほかにも「ベッド」を「ベット」と言い間違えては彼氏の突っ込みに「クワッ」と牙を剥き、「おさわがせして」を「おさがわせして」と言い間違えては突っ込まれて「グワッ」と目を血走らせ、彼氏の胸ぐらを掴んで心の傷つきっぷりを訴える。その後で彼氏の体が傷ついたかは知らないけれど、きっと今日もクミちゃんは、傷ついた心を怒りにかけて生きているんだろう。

 それから眼鏡をかけた委員長然とした美貌の少女の森川さん。顔だけ見れば死ぬほど真面目でエロティックな話題には顔を赤らめ逃げ出すか、怒り心頭で食ってかかりそうなものだけど、そこは単純に切り分けられないのがいろいろな人生。何があっても動せずむしろセクハラ的なシチュエーションを逆手に取って突っ込み返す、攻撃的な性格でもって世の中の矛盾と欺瞞に挑戦する。

 クラスメートが「夜になると毛と毛がくっつくものなーんだ」となぞかけごっこをして赤面している状況に、ひとり無表情なまま「セックス」と言い抜け周囲の血を引かせたと思ったら、イタズラ電話から流れ出して来た「お○○こと言え」という声に即座に「お○○こ」と言い返し、それでも足りないと言われると今度は窓から大声で「お○○こ」と叫んで相手をこれまた引かせてみたりと大活躍。その超然した格好良さに踏んでもらいたがる男性も出てきて、それを当然のごとく踏みつけよーとする森川さんに世の誰もがときめかずにはいられないだろう。踏まれたいと思うだろう。

 ほかにも私立高校の電機・機械課に編入して来て、誉められても貶されても服を脱ぐ「はだ果ちゃん」がいたり、結婚して欲しいと彼氏が告白した途端に泣き出して、そんなに嬉しかったのかと聞かれて「米中首脳会談で核弾頭の照準を外すことが確認されたとが嬉しい」と泣いていたことが分かる美女がいたりともう無茶苦茶。その突き抜けっぷりは出てくるキャラクターたちの誰をとっても他に類を見ないくらいにすさまじい。

 夫を自転車事故で亡くし一人で育てている息子に普段は苛められている薄幸の日々を送っている若い母親もなかなか。男の愛のささやきを内心で莫迦にしまくりつつも顔には出さないしたたか女性にも、世の中都合の良いことばっかじゃないんだってことを思い知らされる。

 いろいろなのは女性だけ? いえいえ男性もやっぱりいろいろ。いつもにこやかな中島貴広はほんわかした雰囲気に反して正義感。似合いもせずに「たまごっちに」かまける上司が目をそらした好きに窓から「たまごっち」を投げ捨て、つり革にぶら下がって遊ぶ子供手を瞬間接着剤でつり革に貼り付ける。つぶらな瞳の総理のケンちゃんはサミットで食事をこぼしては大統領から面倒を見られて仲良しになり、国会で走り回っては野党の党首たちから慰められてついでに協力まで取り付ける。

 人生はいろいろで女はいろいろで男も男かいろいろで女かわからない人もやっぱりいろいろ。かくもいろいろな人たちが生きているこの世の中が、楽しくないはずがない。かくもいろいろな人たちが生きている世の中なんだから、もっといろいろに生きてみようと思えてくる。

 「三番町萩原屋の女房」の巻末おまけ漫画でも垣間見せるショート作品の爆裂ぶりが、その爆裂さを発揮するに相応しい4コマ漫画に凝縮されて、ページをめくるたびに放たれるすさまじいばかりのギャグのコメディにユーモアの洪水に、押し流され吹き飛ばされて脳がクラクラになる。美男美女を描かせては業界でもなかなかな西炯子のあの絵でもって、シモネタエロネタ満載なことをやられて面白くないはずがない。

 美麗でキュートな姿態に身も蓋もないコメントのつけられた「はたらくお姉さん」カルタも収録された貴重な1冊。買って傍らにおいて人生のお供に。疲れたとき、行き詰まった時に開けばきっと力がわいてくる、かもね。


積ん読パラダイスへ戻る