Memory of Poe
秘密のポー

 手のひらサイズの可愛い女の子がいて、一緒に暮らせたらそれはもう、楽しくって面白くって喜びに溢れた日々が送れるんだと思っている人。間違いです。決して楽しくも嬉しくも素晴らしいものでもありません。

 だってそんな小さな小さな女の子。人に見られたらどう思われるかを考えると、おちおち連れて歩けません。かといって家の中に置いておいても、ひとり小さな女の子に向かって愛の言葉をささやいている姿を、訪ねてきた同級生とか両親とか消防署の方から来た消化器売りに目撃される可能性があって、一瞬たりとも息を抜けません。

 ずっと閉じこもって誰も入れなければ大丈夫。そう言ってなるほど言えないこともないけれど、狭い部屋へと引きこもって小さい小さい女の子を相手に、ぶつぶつやっている姿を我に返って思い浮かべると、なかなかに心痛むものがあります。

 他人の目なんて関係ない、自分がどう思い込むかだけだと開き直る人もいるでしょう。でも最初は楽しくて面白くて嬉しくても、人間と違って意志を持たない小さな小さな女の子を相手にしていても、そう遠くないうちに息が詰まってしまいそうです。

 だから10年もの間、手のひらサイズの小さい女の子と一緒に暮らせた東城和実の「秘密のポー」(新書館、530円)の村上正人は、よほど相手に思い入れがあったのでは、なんてことになりそうですが、彼の場合は事情がちょっと違います。女の子だけじゃなく、ナマズみたいなクラゲみたいな奇妙な生き物が小さい女の子に一緒について来て、おまけに喋るのはそっちのクラゲナマズの方だったのです。

 「ポー」というらしいその何かわけのわからない生き物は、村上正人がまだ子供だった頃に海岸で拾いました。小さい女の子の「モコ」を頭の上に乗せていて、子供心に誰か他人に見せたり言ってはいけないものだと思って隠したままで10年。大学に入ってアパートで一人暮らしを始めた村上に「ポー」と「モコ」も付いて来ていました。

 今も「ポー」は「モコ」を頭にしがみつかせた格好で、ガラの悪い言葉遣いで村上に対して減らず口を叩きまくっては村上を怒らせたり、焦らせたりします。そんな「ポー」の上で「モコ」は、ひとことも喋らず喋れないまま村上に、笑顔や悲しんだ顔や怒った顔などなど、さまざまな表情を見せては「ポー」とのやりとりで荒れた村上の気持ちを和ませます。

 笑顔も仕草も究極的に可愛い天使のような少女「モコ」に、言葉遣いはヤクザのようで見かけもナマズか妖怪か、といった印象の「ポー」とでは、「モコ」だけ選んで「ポー」は押入にでも閉まっておきたくなるものでしょう。けれども問題がありました。「ポー」と「モコ」を引き離すとなぜかどちらも動きを止めて人形か縫いぐるみのようになってしまうのです。

 いくら「ポー」がうっとうしいからといって捨てられず、かくして今日もきょうとて「ポー」は村上に消化器売りを撃退してやっただのと、恩着せがましくも面倒見の良さが見え隠れする減らず口を叩いては、村上を嘆かせています。

 そんな感じにどことなく不条理的なスタートを見せた東城和実の「秘密のポー」。動力も絡繰りもないのに動く「モコ」や、言葉遣いこそ乱暴ながらも喋り動く「ポー」を不思議に思ったロボットマニアの少年が現れては、「モコ」や「ポー」をさらって秘密を探るべく、姿を変えて村上に近づき奇妙な関係へと陥ってしまったり、かつて「ポー」たちと暮らしていたという男が現れては、「ポー」たちがいつか去ってしまう心配を村上に与えて、悩ませたりするエピソードが描かれます。

 「モコ」や「ポー」の正体は一体何なのか、といった核心に迫る部分は二の次三の次で、物語の方は村上を中心に「ポー」と「モコ」を軸にして、周囲の人たちを巻き込んで繰り広げられるドタバタだったり、ハラハラだったりする物語へと発展し拡大していきます。「南君の恋人」とか最近では「美鳥の日々」に描かれるシチュエーションにも重なる、見られちゃヤバい小さな女の子を侍らせている少年の葛藤が繰り広げられます。

 ただ違うのは、「モコ」の場合は喋らず意志も表さず、ただ笑ったり怒ったりするだけの存在だということです。そんな「モコ」を間に挟んで、「ポー」が恋人の兄とも父親とも前夫ともとれるような立場から繰り出す繰り出す言葉や行動が、村上を怒らせ引っ張り動かすという、奇妙な三角関係が描かれていきます。

 表情も仕草も最強レベルに可愛い「モコ」を、愛で慈しみにやける村上の姿を自分に重ねて物語に溺れ、ふと我に返って自己嫌悪に陥る、といった心理的な負のスパイラルにとらわれないのは、「ポー」という存在が、小さな女の子と同居するという、理想ではあるけれど居心地の悪さも同時に覚えてしまう構図を壊して、物語に動きと笑いをしてくれているからなのかもしれません。

 最後の方まで「ポー」が何者なのかは分かりませんが、それで不満は覚えません。「ポー」と「モコ」が与えてくれていたものの大きさに村上が気づいたのと同時に、読んでいる人も同じような幸福感を覚えるでしょう。一家に1セットの「ポー」と「モコ」がいれば言うことはありませんが、それは無理というもの。ならば一家に1冊の「秘密のポー」を、どうぞ。 


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