Be crazy last rezort.[Puni−fugo]EX
左巻キ式ラストリゾート

 エロ小説に誰もが最初に期待するのが、読んでエロティックな気持ちに浸らせてくれるのか、といったことだとすると、エロ小説のレーベル「パンプキンノベルズ」から出た”海猫沢めろん”という人の「左巻キ式ラストリゾート」は、思いきり期待はずれということになるかもしれない。

 エロがない訳じゃなく、むしろたくさんあってそれも結構ハードな描写で、その部分だけを取り出せば、当代とっての肉感あふれる美少女の描き手、鬼ノ仁の手によるイラストともども脳と下半身を、激しく刺激してくれることは間違いない。けれどもエロい部分を覆って繰り広げられる物語の、重層的で多元的な様に翻弄されて気がつくと、強張った部分も萎えて暗澹とした場所へと放り出されて愕然とさせられる。

 「ぴぃちぐみ」から出た美少女ゲーム「ぷに☆ふご〜」を原作にした小説という触れ込みのこの「左巻キ式ラストリゾート」。原作ゲームを想像するなら、登場するさまざまな美少女たちを絵とテキストに沿って攻略し、陵辱しながら進んでいくアドベンチャーゲームといったところで、ならばそのノベライズも同様に、登場する美少女たちを文章で、攻略し陵辱していくものであってしかるべき、だろう。

 そう期待して開いたページでまず驚く。「あっ……う……。ひっ……ひぎ……ぎっ……ひ、ひぎいいっ! ひぎっ! ひぎいいっ! ひぎい! ひ、ひぎいいっ! ひぎっ! ひぎいいいっ! ひぎい! ひ、ひぎいいっ! ひぎっ! ひぎいいっ!」。

 以下、見開き2ページが「ひぎっ」「ひぎいいいっ」「ひぎい」「ひぎ」という言葉だけで埋め尽くされた後に来るストーリーは、謎の人物による激しく残虐で暴力的な言葉に彩られた陵辱シーンから一転、記憶を失って発見された少年が、12人の女の子しかいない学園で起こる陵辱事件の調査に乗り出す展開へと進んでいく。

 いかにも美少女アドベンチャーゲーム? なるほど確かに美少女アドベンチャーゲーム。出てくるキャラクターが扮装も悪魔に魔女っ子に巫女に眼鏡っ娘にロボっ娘に水着にブルマーにお嬢様といかにもながら、それぞれが突出したいかにもさを発揮し過ぎてかえって気持ちを乗せられない。下心を見透かされている気にさせられる。

 その上に彼女たちが見せる振る舞いは、「トーチ・イーター」なる犯人に陵辱された場面をそのまま少年を相手に再現してみせるキレっぷり。唐突で不条理な展開は、例えば舞城王太郎であったり佐藤友哉であったりといった、「講談社ノベルズ」所収な若い作家たちによるメタフィクション的ミステリを深く思わせる。

 なおかつ探偵役の主人公の調査の目をかいくぐって起こる事件で、なにやら意味深なメッセージが残されているあたりも若い作家によるメタミステリ風味。もっとも解釈の結果それらがどうやらドラッグに関わりのありそうなアルファベットだと判明したところで、迫る「トーチ・イーター」の魔手は退けられず、そうこうするうちに出会ったキャラクターたちが世界もろとも消滅していってしまう、不条理に輪をかけた展開へと向かって行く。

 そうして訪れたクライマックス。遂に出会った学園の面々と「トーチ・イーター」との対決から、「左巻キ式ラストリゾート」の物語世界を作り上げているさまざまなものの正体が浮かび上がる。”海猫沢めろん”という作家が描いた「左巻キ式ラストリゾート」にキャラクターとして登場する作家志望の海猫沢めろんという少女。その重層的な構造の間にさらに1枚の世界が加わって生まれた、閉じていて、けれども愛すべきものたちに囲まれた物語世界の存在が、フィクションの”セカイ”とノンフィクションの”世界”の狭間で揺れる人々に、<世界=セカイ>とどう対峙していけば良いのかを問いかける。

 西島大介の「凹村戦争」が、小説や音楽といった様々な要素からのサンプリングで構成された物語の中で、”セカイ”の外側にある”世界”の存在を意識させ、”セカイ”に閉じこもる僕たちに刃を突きつけたものだとすれば、「左巻キ式ラストリゾート」はそんなサンプリングで構成された僕たちの<セカイ=世界>をまず、どう受け止めどのように扱えば良いのかを、エロティックで残酷な”セカイ”を見せつけることで考えさせる。

 エロとしては異色も究極を行き過ぎて用を為さない可能性が大きいが、小説としては若い人たちが直面する世界とセカイとのギャップを顕在化させる役目を持った作品。また、若い人たちの血肉のレベルまで染みこんだ、ゲームやアニメーションやコミックや音楽やその他諸々の記憶と知識によって、”セカイ”が、そして”世界”が造りあげられている様を見せてくれる、社会的にも意義のある1冊。若い人は読んで”世界”を意識し、老いた人も読んで彼らの”セカイ”を垣間見るべし。

 追記。12人に秘められた仕掛けの解釈は、老いた人にはまず不可能で若い人でもよほどでなければ難しい。エロゲーに造詣が深くアニメにも詳しいオラクル級”萌えデータベース”の所有者に解題を願いたい。


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