覇壊の宴

 神林長平の「雪風シリーズ」を思い出させる地球とゲートでつながった異世界とのコミュニケーション。半村良の「戦国自衛隊」を思い出させる近代兵器と剣や騎士とのバトル。「レイダース」に代表される失われた古代の力を我が手に収めんと欲する権力者の陰謀。

 企業の利益に翻弄され大国の政治に揺り動かされる小国。核廃棄物の処理地にされ臓器移植のドナーとして利用される発展途上国。へき地へと赴任させられるサラリーマンの哀愁物語に、出逢った初恋の人に覚えられてなかったというほろ苦い青春ラブストーリーに、親しくなった女性を自らの手で葬らなくてはならなった悲恋の物語。

 まだあるぞ。種族の違いによるいわれなき差別だ。過酷な運命を背負った少女が生きるために選んだ修羅の道だ。ミリタリーにキャラ萌えにエスピオナージにラブコメにファンタジーだ。ずらり並べた1つ1つのどれをとっても1本の長編小説になりそうな要素を、わずか350枚の原稿用紙に詰め込んだ小説が日昌晶の「覇壊の宴」(富士見書房、580円)だ。読んでみたいかい?

 詰め込み過ぎだし、向いてる方向が無茶苦茶すぎて、とても真っ当な小説になんかなってやしないと思われてまずは当然。しかしそこは「第11回ファンタジア小説大賞準入選」に選ばれただけのことはある作品だ。土砂崩れとも集中豪雨とも思わせる設定とキャラとジャンルの雨霰を、強引ながらも巧妙に、1冊の物語へとまとめあげている。読んでみたいだろう?

 まずは舞台。アフリカ大陸のど真ん中で見つかった「ディメンションゲート」なる次元回廊の先には、中世ヨーロッパともファンタジー世界とも言えそうな、王族がいて騎士がいて魔導兵がいてドラゴンが飛び回りエルフが歩き回る土地が存在していた。地球では枯渇した資源もそこにはまだ潤沢にあり、美しい世界は観光にももって来いだった。

 だが、現在そこでは小国ながらも英明な王女ラースターに実質的に率いられたディグリト王国が、大国サーバスト連合王国と対峙して戦闘状態にあったのを始め、各地で扮装が勃発しレフリームと呼ばれる地球人を排斥しようとする運動も活発化して、よほどのことではない限り渡ろうとする人間はいなかった。

 そんな危険地帯に赴任させらたのが大学を出たてのサラリーマン鈴木。勤めた会社がディグリト王国内に核廃棄物の処理・貯蔵施設を作っていたため、管理のためにトばされてしまった。折しもディグリト王国にはサーバストの大群が押し寄せて一色触発の大ピンチ。金髪の美少女ラースター王女に懇願され、奴隷的な身分に甘んじているエルフの美少女をあてがわれた鈴木は、日本人を守るためだと会社を通じて政府に掛け合い、自衛隊を派遣してもらってサーバスト連合王国との戦争に備えていた。

 そして始まったサーバスト連合王国との戦争は、ラースター王女が地球から廃棄物を受け入れて稼いだ金で集めた銃器に地雷にミサイルが飛び交い、派遣された自衛隊の戦車がうなりを上げて騎馬の兵士や歩兵たちへと襲いかかる。矢など利かぬ、戦闘は火力だとばかりに主砲を放っては敵をけちらし進んで行くのは、鈴木とは同級生だったこともある女自衛官京子。しかし人数では圧倒的なサーバスト連合王国軍は、魔法の力でディグリト軍を打ち破り、ディグリト王国側がひた隠しにしようとしていた魔法の力の源と言われる秘蹟へと迫る。

 この世界では使える魔法がどうして地球では使えないのか。その秘密を手にいれようとして、戦争する両国の背後で地球の大国が糸を引く。一方ではせっかく得た権益を手放したくないと、地球の巨大企業が謀略を巡らす。地球の政治と経済に翻弄されるディグリトとサーバストの様に、今の地球でも見られる先進国の論理が発展途上国を翻弄する”南北問題”の姿が浮かぶ。

 人間ではないからと差別され続けるエルフへの言及は人種問題への警鐘か。秘蹟を求めて殺し合う様は富と権力に憑かれた人間の愚かさを見せつけ、自らの肉体におぞましい秘密を抱えたラースター王女の妄執は愛されなかった人間が至る悲しい末路をうかがわせる。そんな重いエピソードが、地球とゲートでつながった星という奇抜な舞台、戦車と騎馬とのバトルという異様なシチュエーション、間抜けなサラリーマンや戦争大好きな女自衛官やナイスバディなエルフや謎めいた暗殺者といった超個性的なキャラクター絡み合って語られた時、濃密にしてスピード感があり、抱腹絶倒にして感無量な小説世界が出来上がる。

 つまりはやっぱり無茶苦茶ってことじゃないか? と言われればなるほど無茶苦茶だが、政治にしても経済にしても軍事にしても、現実を踏まえた上で脚色が施され物語世界へと折り込まれているからなのか、破綻し崩壊していくような無茶苦茶さではなく、爆発し増幅していくエネルギーに溢れた無茶苦茶さになっている。いかにも全精力を希望や怨念とともに叩き込むコンテスト応募作にしてデビュー作らしい。

 手慣れればアイディアを整理し設定を練り込み、誰もが主役面をしているキャラクターにメリハリを付けて、まとまりのある小説を書けるようになるだろう。だが、そのために臨界間近のパワーが減殺さるのもつまらない。異世界ファンタジーも近代×中世も国際謀略小説も先達は山といる。そこを超えて本人が冗談でも望む「文化勲章」を目指すなら、ボリュームたっぷりで密度もあってスピード感も失わず、世界観に瞠目させられキャラクターに萌えられ政治経済軍事社会の残酷さにも触れられる小説を描き続けるべきだろう。出来るかな?


積ん読パラダイスへ戻る