銀の三角

 その、壮大なスケールを持ったビジョンに篭絡された。その、尽きることなく繰り出されるアイディアの奔流に耽溺した。その、繊細で流麗で時にコミカルなキャラクターに心の奥底からの思慕を抱いた。

 世界と宇宙のひとつでも、不可逆でもない可能性をビジョンに感じ、進化した科学がもたらす利便と害悪をアイディアから思った。都市から辺境、過去から未来へと広がる舞台に生きる人々の熱さをキャラクターから見せられた。そして。

 すべてを見通す少女の奔放さに心奪われ、今も奪われたままでいる。ラグトーリン。超越者。魔女。時空管理者。創造者。

 世界を手のひらで転がそうと企む超越的な存在に、憤怒の表情で挑み彼方へと突き進んだ「百億の昼と千億の夜」の阿修羅王とは立場を逆に、ほころびかけた時間、歪みはじめた空間に現れては、怜悧にすべてを収めていずこへと消える。

 ラグトーリンになら支配されても良いと諦めた。ラグトーリンを超えてやると奮った。時に超然とした態度で振る舞い、時に従順そうな顔をのぞかせ人類を誘いつつあしらい、導きつつとどめさせる矛盾に満ちたその存在に魅了されて歳を経た。これからも魅了され続けて時を重ねるだろう。命の許す限り。

 人類が何百年もの生を得た上に、記憶を記録し、朽ちた肉体に代わってクローニングされた真新しい肉体に記憶を写して、永遠を生きられるようになったからといって、挑んで容易に勝てる相手ではない。中央のとある組織に所属し、不安定をもたらす要素を察知して排除し、変動を抑えて平穏を保つ職務を担っているマーリーであっても、最初の出会いは一方的な敗北に終わる。

 辺境の赤砂地星。王家に金色の眼を持つ赤子が生まれた日に、この地を訪れたマーリーは忌み人と誹られ、追われる前に王宮を抜けて荒地へと向かう。人々を熱狂させる歌を唄い喝采を浴びながら、暴動に巻き込まれて死んだエロキュスという女性歌手を歌手として覚醒させたラグトーリンなる存在を探しだし、暗殺を試みる。

 成功の未来。失敗の現実。翻弄されて失われたマーリーに代わって、中央に残されたボディに記録されていた記憶が写され、マーリー・2が誕生する。するはずだった。ところが。最初のマーリーが思惑あって見殺しにしたエロキュスから写し取られていた記憶が、なぜかマーリーの記憶といっしょに新たなマーリーの肉体へと写される事故が発生する。

 いずれの記憶も不鮮明なまま蘇ったマーリー・2は、最初のマーリーの消息を追って赤砂地星へと赴き、奇妙な体験の中でラグトーリンと“再会”する。宇宙の仕組みを知り、ラグトーリンの目的を聞かされて元の時空へと戻される。

 ル・パントー。特別な種族。暗い星に生まれ、短い昼の光を浴びて子を育み、生き長らえてきた銀の三角人の最後の1人。モザイクのように重なり合って構築された時空の合わせ目を壊し、宇宙を崩壊へと至らしめる叫びをル・パントーが放たないようにするために、ラグトーリンは時間と空間を行き来して試行錯誤を繰り返してきた。

 ル・パントーを導くはずだったエロキュスを殺し、ル・パントーの咆吼を促す役割を果たしてしまうマーリーを排除しようと、彼が生まれた星を破壊し大勢を死なせたこともあった。けれどもマーリーは生き残ってエロキュスを殺し、ル・パントーに最後の叫びを放たせる。動かない未来。動かせない崩壊。おしまいなのか? マーリー・2に見切りをつけた中央が、本来の記憶を受け継ぐマーリー・3を生みだし送り出した先。動かしようがなかった宇宙に変化が生まれ、新たな道が示される。

 吸血鬼たちの美しくて儚い運命を、耽美な物語の中に描いた「ポーの一族」から、光瀬龍の壮大きわまりないスケールのSFを、熱情と理念に溢れたキャラクターたちによって見事に漫画へと写した「百億の昼と千億の夜」を経て、ひとりの火星生まれの少女がたどる数奇な運命を通して、人類の進化を描いた「スター・レッド」へと至った萩尾望都。「銀の三角」(早川書房、1748円)では、世界と宇宙と、時間と音楽と、自然と生命についての深い思索と鋭い洞察に溢れた物語を、繊細な筆致によって圧巻の設定を持った巧妙なストーリーの中に織り上げた。

 マーリー・2が赤砂地星で見せられた、「もうすぐ宙港です」と何度も繰り返される未来のビジョンのどれもが幸福な結果へと至らない様に、変えられない現実の厳しさというものを知らされ、絶望を覚えた。それでも、いくつもの可能性を思考して最善を見つけだそうとあがくことは、決して無駄ではないと後に教えられて希望を見出した。

 どこに打開する鍵があったのかは分からない。目の前の幸福が、見えないところで不幸を生みだしていることもある。ル・パントー。エロキュス。失われた存在の残された記憶もマーリーを責める。もとどおりに見えて何かを失ってしまった世界の有り様に、安易過ぎる解決への警鐘を見る。

 だからといって、とどまっていては永久に未来は動かない。今をあがいて未来を探ることでしか、人は前へと進めない。怠惰に溺れることなく慣例におもねることなく、やれることを精一杯にやることだけが、今より先の明日へと進み、今より多くの幸せへと向かう道なのだと信じる。それが人間だ。人間の生き様なのだと知って生きていこうと思った。

 生き様を貫いた挙げ句に、宇宙の存続に関わる問題が起こればラグトーリンが現れて、美しい顔と美しい音楽で導いてくれるだろう。だから是非に、ラグトーリンに出会えるくらいの大仕事を成し遂げたいのだけれども、それにはいったい何をすれば良いのだろう? 世に変動の無くならない理由もあるいは、誰もがラグトーリンに会いたいと願い前へ、前へと進みすぎているからなのかもしれない。


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