原発大国フランスからの警告

 産経新聞で長くパリ支局長を務めて、2011年に役職を退いたジャーナリストの山口昌子が、これまで書いてきたフランスのモードなり、フランスの政治なり文学なり習俗といったものとは少し違う、フランスの原子力発電所政策という、まさに“今”といったテーマで書いた新書を刊行した。

 その「原発大国フランスからの警告」(ワニブックスPLUS新書、840円)は、著者が産経新聞出身という先入観から、原発はやはり推進するのが正しく、それによって安い電気料金で企業に安定した電力を送り、経済を称揚させる必要があるのだという主張を繰り出しては、日本にもいるそうした見解を抱く人たちにとって、歓迎すべき内容になっていると思われるかもしれない。

 ところが、読めば分かるように、原発の推進派と反対派のどちらに偏ることもなく、主義主張に引きずられることもなく、フラットで左右にバランスが取れた内容の本になっている。原発は安全であって、すぐにでも経済のために再稼働させるべきだという話には向かわなず、危険なものだとという確固とした認識がまずあって、だからこそ常に巨費投じて安全確保に精を出し、その上で原発を稼働させているというフランスの立場を解説する。

 なおかつ、それでも事が起こった際に被る被害は甚大で、そのコストは決して安くはないため、再生利用エネルギーへの移行もオプションとして模索している姿を紹介。節電も心がけるようにしていて、日本人がのべつまくなし電気をつけたがる傾向を、フランス人はことあるごとに注意するといったエピソードも掲載している。これはなかなかに面白い。

 そうしたフランスの事情を語ることで、原発は安全である、いや危険である、原発の電力がなければ日本は凋落する、いや電力は足りているし努力でまかなえるといった、一方のそれも極論に偏りがちな日本とは、少し違った論理的で理知的な議論の空気が、フランスにはありそうだと教えてくれている。

 こういうご時世だからこそ、フランスは原発の完全廃炉に向かえば良いという意見も、国の内外から出ているけれど、そこはヨーロッパ大陸で長く自立を保ってきた国らしく、エネルギーの独立なり、核保有による安全保障といった側面から、一気には原発の廃止に傾けられない国としての立場も語っている。自由は自分たちの手で守る。そうした気質が原発を手放せないものにしているといった指摘も含まれたこの本は、原発を透かして見た一種のフランス論だと言えそうだ。

 実は同じようなことは、産経新聞の紙上でパリ支局長退任にあたって寄せた文章でも触れていた。そこにはフランスでは原発は「核抑止力堅持という国防政策の要」だから止めるに止められないのだといった内容のことが書かれていて、原発を持ちたがり、核をも持ちたがる傾向の人たちが多い読者にも、そういう人たちを相手に売りたい新聞にとっても、了解の範囲内にピタリとはまってた。

 末尾に「“白か黒か”の硬直的考え方を嫌う現実主義のフランスは、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの開発にも熱心だということも指摘しておきたい」と書いてはいても、総じて印象はフランスは原発を今も進める国であり、敷衍して日本もそうあるべきだといった雰囲気が、記事からは醸し出されていた。

それが新書の方では、フランスも迷っているんだといったトーンで綴られる。そして「この記事には『東電のDNAは真実を言わないこと』との小見出しが冠せられ、東電が過去、いかに事故を隠蔽したかも詳述されている」とフランスの東電社長退任を伝える記事を紹介し、「東電に関しては、読んでいて同じ日本人として赤面するような内容が次々に詳しく報じられた。仏メディアは日本のメディアと異なり、幸か不幸か、東電出稿の巨額の広告費の恩恵に与っていないからだろう」とも言い切る。

 東京電力や日本のメディアについて、決して優しくはない視線。主義主張が偏りがちな媒体では、あるいは版元では出すに躊躇うような公平さを持った内容だからこそ、あるいはワニブックスという著者との結びつきをあまり連想させない版元から、この本が出されたのかもしれない。筋を曲げず、言いたいことを言えて書きたいことを書ける場所として、この版元を選んだのだとしたら、なかなかに筋の通った行動だと、山口昌子というジャーナリストのスタンスに、多くの興味が向きそうだ。

 廃炉のコストも勘案すると、原発の電気は安くないという、フランス会計検査院の調査結果は、ことあるごとに原発の電気は安いと訴えたがる日本の推進派にとっては、絶対に聞きたくない言葉あろう。それも紹介しつつ、国の自立も一方に見て、どう切り抜けるかを国も国民も真剣に模索しているところに、フランスは大人の国なんだという印象が浮かぶ。

 あらゆる危機にも、あらゆる問題にも、政府も国民も決して誰も逃げないで、真正面から立ち向かう。必要ならば議論を重ね、国としての自立と発展のために突き進む。だから強いのだ。そして美しいのだ。フランスは。

 ダイアナ妃がパリで事故死した際、フランス政府はダイアナが既に皇太子妃の座から降りていたにも関わらず、フランスで事故死したことが仏英間の戦争につながりかねない危険性に配慮して、即座に会見を開いたというエピソードも、この本には出てくる。原発事故への対応も同様。あらゆる事象に対して想像力をめぐらせ、リスクがあれば即座に埋めようとして動き、国と国民の最善のために働くフランス政府の姿を、日本政府の曖昧さと比較し日本叩きに利用するのは簡単だ。

 けれども、それだけは解決にはならなず、むしろ同じことを繰り返してはさらなる混乱を招くだけだということは、管総理から野田総理へと移ってもなお止まない、政府批判報道のただ批判したいがためだけに批判している内容を見れば分かる。必要なのはなぜフランスにはそうした体制があるのか。何か政府にそうさせているのかを感じ取り、メディアも国民も含めて考えることだろう。

 「フランスの原発問題は、煎じ詰めれば、『エネルギーの独立』という国家の大原則と『炭素ガスの排出制限』という地球規模の人類共通の役割、そして『安い電気料金』という生存に密着した経済性−この三つの異なる要素を『安全』という括弧でくくって回答を探し出すことにかかっているといえる」。

 新書の巻末でそう書く著者。それをフランスは協力して探し出して未来を拓き、日本は対立し続け右往左往したあげくに、まったく動けず沈み行く。そうならないために、そうさせないために、読まれるべき1冊だ。


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