魔諜軍団1
フライング・サーカス始動す

 ”死神”とあだ名されるヒーローは過去にも数多く見てきたが、本当に死神を連れて歩いているヒーローには、広岡未森の「魔諜軍団」シリーズの第1巻にあたる「フライング・サーカス始動す」(清心社、540円)で、生まれて初めてお目にかかった。

 男の名前はカヌエ。漆黒の衣裳を漆黒の外套で包んだ青年は、惑星連合宇宙軍所属Q管理惑星情報部、通称「サーカス」の情報機関員として、惑星ピアジェの独立を求める勢力「ピアジェ自由解放戦線(PLA)」のテロリストたちを狩る仕事をしていた。

 華奢な体躯にも関わらず、大型のハンドガン「ペデルセンナイキD50」を片手で扱う腕前を持ったカヌエには、しかしこんな呼び名が付けられていた。「皆殺し味方殺し」。そして「死神を背負った男」。任務を果たすためには、眼前に人質となった味方がいようと、あるいは何の罪もない一般人がいようと、遠慮会釈せずにハンドガンを撃ちまくり、敵をせん滅する。

 民間人ながら、サーカスで作戦指揮を執る資格を持った女性エマニュエル・ベアール教授も、過去にカヌエに殺されそうになった味方の1人だった。カヌエを作戦にかこつけて葬り去ろうとしたこともあったが、その時もカヌエだけが生き残って計画は失敗。あまつさえ今度は、激化するPLAのテロに対処するため、サーカス内に新しく発足した特別チーム、通称「フライング・サーカス」の指揮を執るよう命じられ、カヌエもそのメンバーに編入されていた。

 カヌエ以外にも、見かけは美少女だが、情報機関員のサポートとモニタリングを行うスーパー・コンピューター、「D・MIXシステム」の端末が脳の代わりに詰め込まれている「笑」らを配下に、「フライング・サーカス」は最初の事件の捜査に乗りだした。それはQ管理惑星の元国防長官が暗殺されたというだけの、現在の政治や経済にいっさいの影響を与えない、チンケな事件にすぎなかったが、調べていくと、10年前に死んだドクター・メンゲレによって書かれた暗殺事件の詳細な計画と、日付まで同じだったことが解った。

 メンゲレ博士によって育てられ、博士の意志を継いだPLAのテロリストたちの犯罪なのか。それともメンゲレ博士自身が亡霊となって甦り、自分の計画を次々と実行に映しているのか。博士のひとり娘ハンナを巻き込んで、「化け物には化け物を」とばかりに投入されたカヌエと笑の「魔諜軍団」と、PLAでも腕利きのテロリストたちとの、激しく、そして奇怪な闘いが繰り広げられる。そして、天使のような美しさを持った謎のテロリスト「クロスロード」と、死神を背負っているどころかフトコロに入れて連れ歩いているカヌエとの邂逅は、永遠に続く善と悪との闘いをほんの一瞬だけ垣間見せて、ひとまずの水入りを迎える。

 カヌエがぶら下げる「ペデルセンナイキ50」を初め、数々のシーンに登場する武器類の描写とそうした武器を使った戦闘シーンには、ガン・マニアではない読者でも、興味を惹かせるだけのリアリティーと迫力がある。それだけに、「フライング・サーカス」という組織を指揮するエマニュエルに、神林長平「敵は海賊」のチーフ・バスターのような冷静さと冷酷さがなく、そんな彼女に指揮を任せた参謀部長のフレーバー准将も今一つキャラが立っていないため、本来は冷酷無比なプロ集団であるべき「フライング・サーカス」の印象が、コミカルでお茶らけたものになってしまっているのが気にかかる。

 しかしカヌエと笑のもう1人(1匹?か)の「魔諜軍団」と、「クロスロード」をはじめとしたPLAの面々との闘いのシーンは、キレの良い文体と相まって、迫力と緊張感を醸し出している。どこか影を背負った美少女ハンナに潜む謎にも、SF者の心をくすぐる仕掛けがある。エロティックな美少女のイラストと官能的な描写にあふれた作品が多い青心社の文庫シリーズのなかでは、異色ともいえるハードボイルドな作品だが、エロティックな期待から手にとった読者を、裏切られたと思わせずに、十分に満足させるだけの内容を持っている。

 どうしてカヌエが死神を連れているのか、その彼が情報部員としてPLAを狩り続けているのはどうしてか。エマニュエル教授と過去にどんな因縁があったのか等々。第1巻では明かされなかった謎も多く、その意味でも「一癖も二癖もある輩」(あとがきより)が加入して、カヌエたちと大暴れをする第2巻に寄せる期待は大きい。第1巻中でもことあるごとにぶつかりあったエマニュエル教授とカヌエも、過去の因縁を引きずったまま、しばらくは同じ「フライング・サーカス」で呉越同舟を続けることになりそうで、キレるような男と女のやりとりが再び見られるかと思うと、今から全身がぞくぞくする。


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