煙突町の赤魔と絶望少年

 「トイレの花子さん」のような“学校の怪談”がテーマとなった作品だったら、漫画にアニメーションに小説と、ジャンルにまたがり多数存在しているし、「口裂け女」のような“都市伝説”を土台にした作品もやっぱり、ホラーにミステリーにライトノベルとカテゴリーをまたがって幾つも過去に作られている。

 どちらも伝統的な怪談話とは違って歴史は浅いものの、それでも発生から数十年は経っているため見聞きして体にその恐ろしさが、シチュエーションともども染みついてしまっている。だから持ち出される場合はある程度、怖さの理由を知った上でその上を行く怖さを与えてくれるのか、それとも怖さの裏側にある優しさだったり悲しさを感じ取らせてくれるのか、怖さを逆手にとった面白さで楽しませてくれるのか、といった所が関心事となって昔ほどストレートには恐がれない。

 それでも尽きないのは、定番として利用しやすいからで安定した面白さを出せるからでもあって、だから舞台から怪談や伝説を新しく作ってみせおうとする蛮勇は、何を置いてもまずは讃えるべきだろう。ゆうきりんの「煙突町の赤魔と絶望少年」(ファミ通文庫、560円)は、舞台からして煙突が建ち並ぶ工場ばかりの町となかなかに異様。手にとった人に通い慣れた学校とも住み慣れた町とも違ったおののきを、まずは与えて目を向けさせる。

 そもそもが町といっても、一般の人ではゲートで遮られて立ち入り出来ない、広大な私有地の上に立てられた巨大な工場がそのまま町になったもの。その工場か何かに左遷された父親に連れられ、リトルリーグで投手として活躍していながらも、野球選手の道を諦め引っ越すことになった愁太の目には、憤りのフィルターもかかって怪物のように町は映って見えた。

 煙突から炎を吹き上げながら操業している工場だから、煙ってはいても活気とエネルギーだけはあふれ出ていて不思議はない。それなのに愁太には町が陰鬱に見えて仕方がない。嫌々ながら連れてこられたからなのか、それとも町になにかがあるからなのか、判然としないまま愁太は町に違和感を覚える。

 違和感は町の雰囲気にとどまらない。愁太の一家が暮らすことになった団地は、箱が並んでいるようでとても無機的。学校に行っても教師は顔を髪で被って見せず、喋ってもどこから声を出しているのか分からない。同級になった生徒たちも全員が同じ風貌服装をして、無表情で並んでいるように見えてしまう。

 そんな中にあって、杏次というゴボウのように背の高い少年と、彼の腰にコバンザメのようにしがみついて離れようとしない眼帯をした水鳥という少女だけは、愁太でも顔の区別も付き、何かを考えていると感じられる存在だった。愁太はそんな2人すら最初は疎ましく思っていたけれど、勝手の分からない町にあって、妙に世話を焼いてくる2人につき合い慣れない町を案内してもらっていた。その途中。

 2人から「血錆び男」なる存在が跳梁しているとの話を聞き、さらにその「血錆び男」に似た存在と遭遇して、愁太の運命は激しく変化を余儀なくされる。

 親の都合で、将来の希望を変更させられた理不尽さを怒りに代えて悶々としている少年の気持ちは、大人の目にはやや鬱陶しくは映る。もっとも、まだ大人ではなく世界の機微を知らない愁太が、まるで世界が終わってしまったかのような気持ちになって、自暴自棄へと走りたくなるのも仕方がない。

 そうした気持ちにとらわれ、懊悩している上から、覆い被さってくるさらに理不尽な運命に、あらがい逃げようとして逃げられないと知って戸惑う少年が、他に道はないんだと知り、立ち向かっていこうとする心境の変転がひとつの読み所。右から左へと流されながら、理不尽であってもそれが運命なんだと受け入れ、戦いに臨むヒーローやヒロインが多い中にあって、人間っぽさ、少年っぽさを感じさせる。

 オリジナルの妖怪変化の不気味さも特徴。「トイレの花子さん」や「口裂け女」がベースにあれば、記憶や経験からそれは恐ろしいものだという認識がまず立って、そう思い込もうとする感情を働かせられる。けれども、「煙突町の赤魔と絶望少年」では、記憶や経験に頼ることはできない。それでいて浮かび上がってくる恐ろしさ。著者の描写力、造形力の賜と言って良いだろう。

 愁太を理不尽な運命へと引きずり込んだ「血錆び男」とは別の、入院している愁太たちを狙う怪物の外見はどこまでも恐ろしく、けれども正体はとてつもなく哀しくて、読了後にやるせなさが浮かぶ。どうしてなんだと地団駄踏んで叫びたくなる。その苛烈な運命に、果たして愁太は心を失わないままでいられるのか。興味が浮かぶ。

 いつも眼帯をしていて、それが普通の医療用眼帯の場合もあれば、スペード型にも変わり合わせて服装も学生らしい服から、ゴシックロリータ風のものへと変わる水鳥のキャラクター性にも関心が向く。単にそれだけのものなのか、あるいは他に何か秘密があるのか。確かめずに入られない。

 病室に飛び込んできては、水鳥とは正反対に明るく活動的な姉の白鳥は、伝説を運んで来るだけの狂言回しなのか、それとも水鳥の特徴的なキャラクターに匹敵する明るいなりの秘密があるのか。関心は途切れない。

 何より町そのものまるで工場に住んでいるようなこの町に、不気味な怪物が跋扈する背景に、町そのものが持つ秘密があって不思議ではない。それはいったい何なのか。与えられた苛烈な運命に押され、しばらく続くだろう愁太と伝説たちとの戦いの中で、秘密が明かされ世界が示される時を期待しながら、続く展開を読み継ごう。


積ん読パラダイスへ戻る