から弾きな。

 ギターが弾けない。弾こうとしたことはある。転がっていた古いフォークギターを手に取ったけれど、指が動かずコードを抑えられず音を鳴らせず、これはダメだと放り出して以来、ずっとギターは弾けないまま。

 だから、漫画誌の「イブニング」で連載が始まった、佐々木拓丸という人の「Eから弾きな。」という漫画を読み始めて、もしかしたら自分もギターが弾けるようになるかもと思ったかというと、これがなかなか厳しそうな道だったりする。

 発売された単行本「Eから弾きな。1」(講談社、600円)。どうにかこうにかビルメンテナンス会社に就職できた27歳の青年、神谷三蔵の前に突然立った、眼鏡の片方を割って頬を張らした女子。いきなり三蔵を引っ張っていって、エレキギターを弾けと命令する。

 どうやらバンドをやっているらしい、フミこと武藤史子という名の女子。とはいえ、ギタリストとの相性が悪いらしく、ことごとく首にしてしまって今は7代目となるギタリストを探していた。それがどうして三蔵に。実はフミは三蔵が働いている会社の社長の娘で、会社に届いていた社員の履歴書をひっくり返して、趣味に「ギター」と書いてあった三蔵に目を付けた。

 なるほどそれは。いやしかし。個人情報が云々という以前に実は三蔵、ギターなんてまるで弾けなかった。正社員になろうとしてなかなか面接が通らず、落ち続けてダレていた時に、友人がスカスカなのがいけないと、適当に履歴書を埋めてしまった時に、そう書いただけだった。

 つまりは素人。ギターを弾けないどころか、楽器にも音楽にも関心を持っていない三蔵だったけれど、フミはそこで諦めず、だったらと弾けない三蔵に無理矢理ギターを弾かせることにする。期間はライブまでの1カ月。それで人前で弾けるくらいに鍛え上げるという。出来るのか。出来るはずがないとギターに触ったことがあり、そして諦めてしまった人なら思うだろう。

 そして始まった、フミによる三蔵の猛特訓の様子を描いていく描くストーリーは、ギターに経験を持たない人とか、ギターを諦めてしまった人にとって役立つチュートリアルになっている。とはいえ、いきなりやらせたのが、ヘッドとネックの間にあって、弦を支えるナットを牛骨の四角いブロックから自分で作ること。

 角を削り溝を掘ってギターにはめ込み、ちょうどいい感じに仕上げるまでをやらせていったいギターが弾けるようになるのか。なるはずがない。けれどもそれをやらせて、完成までに持っていかせようとしたところで、フミは三蔵の何かを見ようとしたのかもしれないし、やり遂げた三蔵にも、何かギタリストにとっての大切なものがあったのかもしれない。分からないけれど。それとも牛骨を削ってみれば分かるのか。

 ともあれ、まずは合格した三蔵は、ろくにコードも抑えられないまま、スタジオへと連れて行かれて大音量の中でギターを鳴らすように命令される。これもギターが巧くなる道とはズレているように見える。けれども、やっぱり理由がある。ギターを弾くのはギターを鳴らすことが目的。そして鳴らした音がどう聞こえるかが最大の狙い。だから味わわせた。その迫力を。気持ちよさを。もっと聞きたい。だから弾きたい。そう思わせるように。

 これはまるで常道から外れているのかもしれない。常軌を逸してさえいるのかもしれないけれど、どこか理には適っている。音楽への、ギターへの関心とか愛情とかがそこにあることが大事なのかもと思わせる。巧く弾くとか格好良く弾くとかは二の次。魂。それがロックであり、ギターの真髄、なのかもしれないけれど、それで許されるならプロは入らない。

 だから三蔵は、その後でコードの押さえ方を学び、どうにかコードチェンジまで来たのが第1巻のだいたいのところ。未だ誰かの目の前で演奏したことはないし、同じバンドのゴーグルをかけた凄腕ドラマーの前ですら演奏を聞かせていない。それでいて、1カ月後にやってくるライブに出られなかったらキャンセル料を払わされる。

 いったいどうする? だったら前のギタリストに聞いてみよう。でもどこにいる? というところで1巻は終わってその後、ストーリーは連載で、最初のギタリストとの対面もかなって三蔵はギタリストとして少しだけ、前へと進むことになる。

 読んでいると本当に、1カ月かそこらでそれなりな形に持って行けそうな気もするし、仕事と寝ている時間以外はすべてギターに時間を注ぎ、フミというインストラクターの名指導もあってどうにか形になる訳だから、普通の人にはやっぱり無理という気もする。どちらだろう? それは人それぞれ。やりたいならやってみるしかないし、やったならやり抜くしかない。

 ほんとどフミとの同居ながら、三蔵と彼女との恋愛じみた方面への展開はないのが、ちょっぴり寂しくビジュアル的にも目に清々しすぎるけれど、近くに女子がいる、それも眼鏡っ娘でギターも巧い女子だというシチュエーションそのものを、感じて楽しむというのもひとつの味わい方、なのかもしれない。

 何より三蔵は近づく本番で、どんな演奏を見せるのか、といった最大の山場が控えている。成功するのか。大失敗するのか。どちらにしても1カ月をかけ指先を痛めながら習得したテクニックと、次第に高まっていったスピリッツを爆発させる瞬間に、とてつもない輝きを放つことになりそう。楽しみにして待とう、その時を、そしてその後も


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