英国幻想蒸気譚1 −レヴェナント・フォークロア−

 蒸気で動く機械がうなり、歴史上の有名人たちが跋扈し、猟奇と頽廃の香りが漂う。そんな雰囲気を持って繰り広げられるスタイリッシュな物語が、スチームパンクと呼ばれるカテゴリーを表すものだとしたら、白雨蒼の「英国幻想蒸気譚1 レヴェナント・フォークロア」(KADOKAWA、1300円)はまさしく、ストレートでストライクなスチームパンク作品だ。

 舞台は19世紀末のロンドン。路地の奥で誘って来た娼婦の体から鋼鉄の手足が生え、怪物となって通りがかった男を襲う。これはもうダメだろうと諦めた男を、現れた東洋人らしい青年が剣を振るって怪物を撃退し救出する。救われた男はヴィンセント・サン=ジェルマンと名乗り、助けたツカガミ・トバリと同居をするようになって請負屋を始め、ロンドンで起こる<レヴェナント>と呼ばれる機械化された怪物たちが引き起こす事件に挑み始める。

 そんな仕事のひとつとして、ベーカー街に住むという私立探偵から紹介を受けたという少女が、失踪した友だちを探して欲しいという依頼を持ちこんで来た。受けてトバリが行方を追った先に現れたのは、彼と因縁があって彼の家族を惨殺し、行方をくらましたトガガミ・センゲという名の、自分をボクと呼ぶ女だった。

 以前にも増して凶暴さを強め戦闘力もアップした彼女を支援する少女の姿をした人物と、サン=ジェルマンにも深い因縁があったようで、そんな2組による新たな対決が始まる予感を示しながら物語は次巻へと続く。決着はつかなかったけれど、双剣のトバリと双拳のセンゲとの戦いの行方にも、2人の過去にある因縁がどれだけのものだったのかも含めて、これからの展開に期待したい。

 ここまでだけで、不老不死と言われたサンジェルマン伯爵がいて、パラケルススという名で知られる錬金術師がいて、電話機を発明しながらもその世界では蒸気機関と相性が悪いからと打ち捨てられたグラハム・ベルという仕立屋の男とがいて、ベーカー街に事務所を構えた探偵がいてと、フィクションやノンフィクションの世界で知られた人物がぞろぞろと出てくる。もしかしたら、トバリとヴィンセントの事務所に雇われる少女にも誰かモデルがいるのかもしれない。

 同じような有名人がこれからも出てくるのだとしたら誰になるのか。歴史上最悪な犯罪者か。ベーカー街の探偵の仇敵か。海峡を越えて跋扈する怪盗か。そうした歴史上の有名人たちが物語にどう組み込まれていくかといった興味をそそられる。

 一方で、物語自体は肉体を改造された怪物たちの跋扈があり、過去から続く錬金術師たちの抗争があり、そして舞台となっている時代に生まれ生きる男と女の愛憎入り交じったバトルがあってと、読み手を楽しませてくれる。センゲはどうしてそこまでして、トバリに迫り続けるのか。それをどうしてヴィンセントの仇敵とも言える錬金術師が支えたのか。心情や関係が気になる。

 ヴィンセントが因縁の錬金術師と続ける抗争の外に置かれたトバリが頼ることになり、あの名探偵の登場がいよいよありそうな続きへの興味も浮かぶ。ただでさえ狷介な彼が“厄介な体質”を抱えているとのこと。どんな描かれ方をするのだろう。こちらも気になって仕方がない。

 レヴェナントに襲われたヴィンセントが、自分は決して怪物にかなう力の持ち主ではないと諦めの表情を浮かべた時、「彼は竜殺しの英雄(ジークフリート)ではない」「彼は聖人ジョージ(ゲオルギウス)ではない」「彼は怪物を殺す者(ベイオウルフ)ではない」といった表現でその無力さを示す言葉遣いもスタイリッシュさが全体に流れる作品。ネット発の才能が繰り出すスチームパンクの新シリーズとして、どこまで広がりどう収まるのか。今から興味が尽きない。


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