アース・ガード
−ローカル惑星防衛記−
 東京タワーにモスラが繭をかけたからって関係ない。大阪城をゴモラが破壊したからってそれがどうしたってんだ。マンハッタンをゴジラが壊滅させ九州をラドンが阿鼻叫喚の渦に叩き込んだからって、「そこ」が犯されていない限りは、この地球(ほし)とっていささかの影響もありはしない。

 けれども「そこ」にいったん危機が発生すれば、それは人類が滅亡に瀕しているのと同じ問題として全地球を恐慌の渦へと叩き込む。国連では安全保障理事会か開かれ、ローマ法皇はサン・ピエトロ大聖堂に篭って祈り、僧侶は念仏を唱え神主は祝詞を唱え中国女は毛沢東語録を振りかざす。そんな全地球規模の大合唱に誘われて、「やつ」は敢然と立ち上がる。

 「やつ」は怪獣と闘う。「やつ」は宇宙人を撃退する。到来する小惑星は粉々に破壊し襲って来る大津波は海の彼方へとはじき返す。かくして「そこ」は文字どおり世界の”中京”として、永遠の繁栄を謳歌するのだ。もうお解りのことだろう。「そこ」とは名古屋。日本の中央に位置してすべての道はここへと通じる名古屋、偉大なる戦国時代の3人の英雄を出した名古屋、プロ野球は強くサッカーは無敵の名古屋とそこを中核とする尾張を指す。

 そして地球の力を一身に受け、名古屋の危機すなわち全地球の危機を守る「やつ」の正体は「アース・ガード」。なにそれは初耳だ? ならば小川一水が描く「やつ」の評伝「アース・ガード −ローカル惑星防衛記−」(朝日ソノラマ、490円)を読むが良い。世界の聖地世界の宝石世界の財産たる名古屋を舞台に、その華々しい「やつ」の活躍を知る事が出来るから。

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 物語は真夜中の国道41号線から始まる。青梅街道とか環状8号とか首都高とかいった林道農道の類と一緒にするのももったいないほど、有名な中京の主要道を時速120キロで走る1台の原動機付自転車「NS−1」のシートから、時速180キロのスピードで追い越していった奇妙な黒い流線型の車と、それをぴったりと追いかける1台の「トゥデイ」があった。

 明けて翌朝の学校で、バイクを駆っていたガーネットと名乗るセーラー服姿の人物が、同級生たちと授業の開始を待っている所に、ガラリと扉をあけて「やつ」は入って来た。そしてガーネットに向けてコルトのガバメントを向け、「こいつは宇宙人なんだ」と宣言したところから、後に聖なる名古屋の地を未曾有の危機へと陥れた事件の幕は切って落とされた。

 まさしくガーネットは宇宙人だった。そして宇宙のそこかしこで窃盗572件、詐欺115件、推定2万品目もの品物を盗んだ咎で推定1500年もの量刑が確実な広域指定窃盗犯901号でもあった。地球には、あらゆる制約を受けず1隻の戦闘艦を持つ追跡刑事の追っ手を逃れて到来し、地球の片隅でひっそりと息を潜めて・・・・なんてとんでもない、自ら「宇宙人」と名乗り小牧市の県立高校に転入しては、仲間たちに泥棒の腕前を披露して喝采を浴びていた。

 だが、そんなガーネットたちを下に見おろす地球上空では、追跡刑事のクレラードと地球を「開発」すなわち侵略しようとしているガザとの間で、丁々発止のやりとりが続いていた。クレラードはガーネットを捕まえるまでは地球の開発を待てとガザに言い、駆け引きの末に時間の引き延ばしに成功する。そして地球へと降りてガーネットの捕獲に本腰を入れる。

 折しも地球ではガーネットのところに「やつ」が現れ、ガーネットを地球の平和を脅かす宇宙人として捕獲しようと躍起になっていた。そこにクレラードの一段が襲いかかりガーネットを捉えようと暴れ回った。「やつ」は悩む。ガーネットは確かに地球(名古屋)(尾張)の敵だった。何故ならトキの卵を盗んだのだから。けれどもガーネットが捉えられた先に、待っているのは名古屋(ちきゅう)の「開発」すなわち侵略だ。

 犯罪者たるガーネットを捕らえるべきなのか、それともさらに巨大な宇宙人の陰謀を粉砕すべきなのか。名古屋(ちきゅう)を守る使命を天より授けられた、「やつ」は苦悩の果てに道を選ぶ。そして闘う。星の力を一身に集め、手に持つコルトガバメントで戦車を砕き宇宙船に穴を穿ち名古屋(ちきゅう)の平和を脅かす、宇宙人たちに敢然と挑む。かくして名古屋(ちきゅう)は危機から救われた。

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 って書くと本当に「やつ」が主人公のように思えてしまうけど、「アース・ガード −ローカル惑星防衛記−」に関しては、ガーネットって言う宇宙からの珍客を鍵にして地球がおかれている宇宙での不安定な立場を示すとともに、地球を守っている「アース・ガード」の存在をつまびらかにするのが役割のようで、例えばどうして「アース・ガード」なんて人々が誕生したのか、んでもって「アース・ガード」は自衛隊も警察も顎で使えるくらいの権限をどうして持つに至ったのか、なんて事はほとんど触れられていない。

 作者は書く気十分で構想もあるらしい次巻以降で、多分そのあたりの説明を含めつつとりあえずは無事に生き残ったガーネットの暮らしぶりなんかが、描かれることになるんだろう。どっちにしたって舞台は名古屋以外にありえない。なぜなら作者は名古屋の地こそが、世界の中心と信じ主張しているのだから。

 ということは全地球を襲う危機は、すなわち名古屋の危機として描かれることになる。「やつ」こと「アース・ガード」はすなわち「ナゴヤ・ガード」として、名古屋の期待すなわち地球の期待を一身に背負って闘わざるを得ない。わが街が世界の命運を握るとは、何という愉悦、何という快楽であることよ。かくも僥倖なる設定を思い浮かんだ小川一水に、今はただただ感謝したい。

 もしも白豪主義ならぬ一極集中の権化たる東京が、次巻以降の刊行を許さなくても心配は無用だ。世界の中心で己の価値を主張できる、これぞ好機と見た名古屋人(なごやびと)たち200万人を指示があれば、シリーズは永遠に続くだろう。だから迷わず書くのだ小川一水。伊藤「ジオブリーダーズ」明弘もきっと応援してくれるぞ。


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