ダーティーペアFLASH2
天使の微笑

 森岡浩之が「星界の紋章」を引っ提げて、ハヤカワ文庫にスニーカーでファンタジアでログアウトな旋風を巻き起こすより遥かな昔、同じハヤカワ文庫を舞台に、コバルトでソノラマな衝撃を与えた作品が、高千穂遥の「ダーティーペア」だった。

 堅く重苦しい「SF」の牙城だったハヤカワ文庫に突如現れた「ダーティーペア」によって、大勢の男どもが安彦良和描くホットパンツ姿のユリとケイの姿に悩殺され、ページを開けば高千穂遥の軽妙洒脱な文体によって綴られる、傲慢なパワーに満ちた世界に引きずり込まれてしまった。今なお引きずり込まれっ放しで、出られずにいる30代だって少なくないに違いない。

 だが高千穂遥は、そんな読者の思い入れをあっさりと袖にして、ユリとケイの「ダーティーペア」を、コールドスリープの中に封印してしまった。いつか再び眠りから醒め、銀色のコスチュームで星々を破壊して回る日を夢見ていた、大勢の読者の期待を見て見ぬふりをするように、まったく新しい「ダーティーペア」、その名も「ダーティーペアFLASH」を世に送り出した。

 「対照的な性格の女の子ふたりがチームを組み、むちゃくちゃに暴れ回る−そういう設定そのものがダーティーペアなのである」。第1作「天使の憂鬱」のあとがきで、作者自身が語った言葉どおりに、「ダーティーペアFLASH」はまさしく、「ダーティーペア・コンセプト」そのものを体現した作品だった。しかし何かが足りない。星は壊し足りないし、人は虐めたりないし、何より理不尽なまでに満ちていた傲岸不遜なパワーが足りない。前作への思い入れが強かっただけに、新しい「ダーティーペアFLASH」には不満が残った。

 そんな不満を解消できるか否かを試す、待望のシリーズ最新作「ダーティーペアFLASH2 天使の微笑」(早川書房、1000円)が、書き下ろしで登場した。惑星「アガルタ」を、狂った巨大研究実験施設「イコシェル」が襲った事件をきっかけに、邪悪な生命体の来襲を予感したWWWFが、新しいトラコンとして雇ったのがユリとケイの2人だった。派遣された「薔薇十字学院」で、2人が妖魔「イソギンチャクラー」を倒すまでが第1作のエピソード。森もろとも邪悪な妖魔を吹き飛ばす、巨大な力を発揮したにも関わらず、その後の2人は終日(ひねもす)のたりの怠惰な日々を送っていた。

 そうこうするうちに、学園生活にはお約束の修学旅行が行われることになり、2人は修行僧の円空、女呪禁師ファン・スー、そして新たに登場した謎のインド人(?)ディーバらクラスメートと連れだって、軌道上に浮かぶ大型外洋宇宙船「ゲヘナ」へと向かった。「イソギンチャクラー」との闘いで発揮された、ユリとケイの潜在能力を見た「アフリマン」は、修学旅行中を狙ってユリとケイを葬り去ろうと計画し、「ゲヘナ」にも刺客の妖魔を送り込む。ユリとケイを襲った妖魔の使い魔たちによって、楽しい修学旅行は瞬く間に阿鼻叫喚に包まれた。

 シリーズ第2作の舞台となった大型外洋宇宙船「ゲヘナ」は、メインエンジンとワープ機関だけ持った本体に、艦橋や実験施設やシャトルを「モジュール」として組み合わせた「モジュール構造を持った宇宙船。そんな宇宙船をユリとケイを葬り去る場所にした「アフリマン」の狙いは、森すら吹き飛ばすほどの圧倒的なユリとケイのパワーを封じ込め、2人をピンチへと陥れた。

 新しく登場したディーバは、円空やファン・スーなどは比べものにならないほどの力を持ったキャラクターで、これからも続く「ダーティーペア」と「アフリマン」との闘いの中で、それなりに重要な役割を担うだろう。何しろ極めた奥義が凄い。「リグ・ヴェーダ」に始まる4つの「ヴェーダ」を遥かに凌ぐ暗黒のヴェーダを体得しているのだ。その奥義の名を聞いたものは、即座に全身を硬直させ、頭を真っ白にされ、それから怒りで激しく全身を振るわせるだろう。

 またユリとケイが異次元空間から取り出した犬(に似た生物)も、裏表紙に描かれた可憐な姿からは想像も出来ないパワーを秘めて、これからの2人の活躍に強い見方となるだろう。もっとも元祖「ダーティーペア」が連れていたクァールの名前が「ムギ」だったのとは対称的に、新しいペットはひどく通俗的な名前を付けられてしまったのだが。

 そんな新しいキャラクターたちの登場もあって、第2作「ダーティーペアFLASH2 天使の微笑」は、まだまだ全開とは言えないまでも、強いパワーに満ち溢れた作品に仕上がっている。星こそ破壊し足ないが、人は大勢殺しているし、肌だって結構露出している。「るりあ046」のイラストも、鮮烈だった安彦良和のイメージに並ぶくらいまでには、「ダーティーペア」という作品にマッチして来た。

 しかしやっぱり何かが足りない。それはたぶん「SF」なのだろうと思う。人間界の常識が通用しない妖魔を闘う相手に決めたことで、「ダーティーペアFLASH」は「伝奇」あるいは「ファンタジー」的な要素を取り込んでしまい、ために「SF」的な要素を作品からあまり感じなくなってしまったように感じる。「伝奇」も「ファンタジー」も大好きなジャンルだが、ただでさえスニーカーでファンタジアでソノラマで、ログアウトでコバルトでパレットなキャラクターを持った作品だけに、「SF」的な要素だけは押さえて欲しいと思うのだが。

 しかし例えば、前述の「ゲヘナ」のような設定も、あるいは「ダーティーペア」のコスチュームを形作る「エラスティック繊維」のような設定も、充分に「SF」的醍醐味を持ったアイディアと言える。例えスニーカーでファンタジアでログアウトな雰囲気を纏(まと)ってはいても、ベーシックなアイディアで「SF」的な要素を堅持している「星界な紋章」が、SF最後の牙城たる早川書房から刊行され続けているのと同様、「ダーティーペア」が同じく早川書房から出版され続けている、そこが大きな理由だろう。


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