わたしのことどう思ってる?

 営団地下鉄の駅員の制服が今のタイプに変わったのって、だいたい5年くらい前のことだったっけ? オリーブ色っていうか青虫色っていうか、およそ日本のくすんだ地下鉄の駅には似つかわしくない色とデザインの制服に、降り立った駅でいきなり出会ってぎょっとした覚えがあるけれど、すぐに驚きは笑いに変わった。もちろんあの円筒形の、てんっぺんが平ぺったいプリンのような帽子を見たからなんだけどね。

 正しくは違うらしいんだけど、新聞なんかではあれを「ドゴール帽」とか呼んで、結構冷やかしていたように記憶している。いわく「似合わない」だの「奇天烈」だの。確かに多くが日本人の平均的な体型をした営団地下鉄の職員たち、あの身長あの体躯あの股下では、おフランスのモダーンな雰囲気の帽子や制服が、一発でピタッと当てはまるはずもなかった。

 しかし人ってのはどんなことにもいつかは慣れてしまうようで、今ではあの帽子を見ても吹き出したり眼をそらしたりするこはない。例えば代表的日本人な平べったい顔のおじさんがかぶっていたとしても、あるいは丸太ん棒も裸足で逃げ出す頑丈な脚をした女性が顔をはみ出させてちょこんとかぶっていたとしても。もっとも初めて見るよその地域から来た人とか、外国の人とかが見てどう思うのかってことは、今でもちょっと興味があるけれどね。

 西炯子さんの「わたしのことどう思ってる?」(新書館、505円)に登場する追手門テツジは、プリンな帽子に青虫な制服を着なくちゃいけない営団地下鉄の職員だけど、さすがに漫画の主人公だけあって、あの制服をパリッと着こなしている。これなら上京者が見たって外国人が見たって、あんまり驚かないんじゃなかろうか。主人公の専門学校生、篠宮らむねはちょっと驚いたみたいだけど、それは帽子がおかしかったからでも制服が青虫だったからでもない。ちょっと訳ありで知り合った、隣の部屋の住人だったからだ。

 男に振られた篠宮らむね、長かった髪をばっさりと、いや本当は”梅宮アンナ”にしたかっだのに、なぜか”坂井真紀”にされちゃっただけなんだけど、ともかく男に振られて髪をヘンな風に着られた怒りを、友人に電話でぶつけていた。それも真夜中に大声だったからたまらない。隣りに住んでいる男は、五月蝿いと言う変わりに雑誌を壁にドカッとぶつけてたしなめる。都会にありがちな隣人どうしの諍いに、ともすれば発展しそな険悪さが漂った。

 とはいえすぐに立ち直るのが女の魂の頑丈さ、気分転換でもと思って動かした本棚の裏で、壁に張られたプレートを見つけて剥がしてみたのが一巻の終わり、いやすべての始まりだった。そこには隣の部屋につながった大きな穴が穿たれていて、穴の向こうには雑誌をぶつけて来た嫌みな住人が立っていた。最悪の出会いをした2人が、再びめぐりあったのが営団地下鉄丸の内線の中。酔っぱらいのおじさんに絡まれていたらむねを追手門が助け、そこから都会に暮らすふられたばかりの女と男の、トゲだらけの体を寄せ合うような痛く激しい恋物語が始まった。

 なんでまた営団地下鉄の職員なんだろうと思うけど、考えてみれば東京にすんでいる身なら、同じシチュエーションで物語を描くとしたら、あれだけ利用している営団地下鉄の職員が、いちばんリアリティーがあるってことなんだろう。あるいは慣れたとはいってもアカ抜けたとはいえない営団職員のイメージ向上に、西さんが一役買って出たとか。ともかくもこれがキッカケとなって、営団職員がたくさん登場する漫画とか小説とかが増えて来たら、ソリマチにタケノウチあたりが演じた営団職員が登場するドラマが始まって、一気にイメージを変えてくれるかもしれない。現実とのギャップに笑う人が増える? そうかもしれない。

 「わたしのことどう思ってる?」にはほかに、たしか「えれが」に入っていた、ベトナムの戦場に咲いた友情と裏切りの物語の続編「戦場にかける恥」が入っていて、読む人の股間にサブイボをいっぱい立たせてくれる。某所をヘビにかまれて虫の息のジョンが、毒を吸い出してくれと友人のジェームズに頼んだものの、屹立する某所を見てジェームズはこれを拒否。手痛いジェームズの裏切りに、さしものジョンも息絶えたってのが確か前作のエンディングだったっけ。

 ところが愛は果てしなく不死身だったようで、甦ったジョンはジェームズを追ってジャングルをかけ、アサルトライフルで蜂の巣にされようと、ワニにかみつかれようと、幻覚のなかで母親になりきってジェームズに愛をささげ、たった2人置き去りにされた集合ポイントではこれを好機をファスナーを下ろし、激しくジェームズに迫るのであった。ああサブイボが。

 お口直しの1作を最後に配してくれているのがありがたい。「虹のできるわけ」は虹を追いかけていた女の子が、虹を作り出すことができるという青年科学者に出会い、後に苦悩の果てに世を去った科学者が、残さなくてはならなかったものを知って、強い衝撃に襲われるという清冽だけれど残酷なストーリー。家族のために科学者が作ったものが、誰か別の家族に与えた影響を思うと、苦悩の果ての死くらいで、免罪されるとはとうてい思えない。しかし立場が変われば、誰もが同じ道を選んだかもしれず、そんな時に現れた虹を探す女の子に、科学者が破裂しそうな心を安らげることができたのも、当然という気がしてくる。虹を見た人が瞬間でも幸せになれたことを、ただ願う。


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