ドラゴンチーズ・グラタン

 自分のしていることに、何か意味なんてあるのかな?

 そんな風に思いこんでしまって、前へと進む足が止まってしまった時には、英アタルの「ドラゴンチーズ・グラタン」(このライトノベルがすごい!文庫、648円)を読むと良い。無理だと諦めなかったことでもたらされた、ひとりの少女の素晴らしい笑顔を思えば、自然と足は動き出し、体は前へと進んでいくはずだから。

 料理と医術の融合を目指しているけれど、不器用なのか慣れないのか、失敗ばかりしているレミオという名の少年が主人公。でも彼は諦めない。名コックの下で働きながら、怒られて悩んで落ち込んで、それでも自分で立てた目標に向かって進もうとする。

 なぜならレミオには、大変なことをしてしまった過去があった。そして1杯のスープに救われた経験があった。その経験を糧にして、より多くを喜ばせたいと思い日々の修行に励んでいるレミオの前に、アイソティアという種族と人間の血を引く難病の少女が現れる。

 混血であるが故に、エネルギーを作り出す器官がうまく働かず、かといって普通の食事もとれない少女のためにレミオは、彼女が生きてもっと食べたいと思ってもらえる料理を作ろうと、食材となるマンドラゴラを探す旅に出る。

 そこでレミオは、凶暴なはずの竜を手なずけ歩く、アイソティアの少女と出会う。ちょっと前に村を襲っていたはずの竜をどうして、アトラという名だったアイソティアの少女は手なずけ、どこかに連れて行こうとしていたのか。人間からはあまり良く思われていないらしいアイソティアでありながら、どうしてアトラは「尖った世界を丸くしたい! アイソティアの超いい人! アトラ・ヴェルデちゃん参上!」と訴えながら、平和と正義のために戦うのか。

 それは、彼女にも辛くて苦しい過去があったから。誰も争わない世界を目指し、けれどもうまくいかないで悩みながら、絶対に諦めようとしてないアトラと出会って、ちょっとだけ諦めかけていたレミオは、1杯のスープに救われたかつての自分を思い出す。

 そしてレミオとアトラは協力して、お産のための場所を探していた竜を倒そうと目論む元司祭の青年バレロンに立ち向かう。彼も同じように壁にぶつかり、立ち止まってしまった過去を持っていた。それぞれに過去があって、だからやりたことがあって、貫き通そうと歩む3人がぶつかりあった先に起こることは? そんな3人のそれぞれの意志に触れることで、迷っている人には道が見え、歩んでいる人にはその先が見えてくる。

 面白いのは、元司祭でありながらバレロンは、レミオやアトラといった正義の味方に敗れても、善人にはならずに彼なりの信念をやっぱり貫こうとする点。それにはやっぱり理由があって、レミオたちにも留め立てすることは難しい。正義の美名にくるまないで、やれることをやり、且つその果てに得られる結果に責任を取る生き方ある。そういうことなのだ。

 それから、虐げられても邪険にされても、失われることなく輝き続けるアトラの笑顔の裏にあった葛藤がなかなか壮絶。それだけによく頑張って、よく耐えてここまで来たことに拍手を贈りたくなる。信じてあげたから、支えてあげたから頑張れたのかもしれない。だからこれからも信じてあげたい。支えてあげたい。アトラに限らず、前向きに行きようとして壁にぶつかっている人を。

 そんな、それぞれに意志を持って生きるバレロンとアトラに挟まれて、レミオはこれからどんな生き方をしていくのだろう。知識はあってもまだ足りず、才能はあっても不器用さはまだ抜けない。何よりレミオには秘密がある。その秘密を抱えてずっと生きていくことはできるのか。そんな興味にそそられながら、次の物語を期待したい。

 エンディングに提供される料理は、タイトルの元にもなったもので、それはそれは美味しそう。アイソティアと人間の混血のクレアだけでなく、大勢の心を奮いたたせたに違いない。それから竜の子供が可愛すぎる。これからだんだんと大きくなって、恐さも見せるかもしれないけれど、今は愛らしい姿で、レミオやアトラたちといっしょに場を賑わせてくれそうだ。


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