DOGFIGHT
ドッグファイト

 ジグソーパズルを作る感覚、とでもいうのだろうか。バラバラになったピースの最初の1片をつまみあげ、机の上に置いて「これはいったいどこの部分だろう」と悩み、「いったいどんな絵が出来上がるんだろう」と期待するあの感覚。未知の断片から展開を予想し、見えてきた意外な絵に驚き、完成して現れたものに感銘を受けるジグソーパズルの楽しさを、SFは持っているような気がする。

 さらにいうならSFが形作るジグソーパズルは、有り体の長方形をしたものではなかったりする。断片が集まってできる絵が、いずれは四面のフレームに集約されると決めてかかっていると、辺から突きだした角があったり、机の面から盛り上がって来たりと四方八方に広がりを見せて、作っている人を驚かす。未知の断片の集合体が広がり、積み上がって出来上がる未知の形。そんな空前にして絶後のビジョンを見たくて、人はSFを読む。

 闇の中を小さな明かりを頼りに進み、たどりついた世界が闇の中以上に驚天動地のものだった戸惑い、そして感動。谷口裕貴の「日本SF新人賞」受賞作、「ドッグファイト」(徳間書店、1600円)は、人がSFに望むそんなシチュエーションをものの見事に現出してみせる、紛うことなき「SF巨篇」だ。

 人々が地球を離れて遠く異星へと旅立ち移り住むようになった未来。ピジョンという名の惑星にも地球から移民した人々が暮らすようになりっていた。移民たちのなかからは、環境への適応もあってか、犬と精神を交わすことができるようになる”犬飼い”が現れるようになって、犬を飼い育て、狩猟や牧羊などの仕事をしながら暮らしていた。

 そんなある時、地球からやってきた地球統合府統治軍が不穏な他の植民星を監督する名目でピジョンに進駐して来ては、星の全権を掌握して統治に乗り出す。街の有力者だったファンド一族はほとんどが皆殺しにされ、ひとり末っ子のクルスだけが生き残り荒野へと逃げ延びる。そこでクルスは友人で”犬飼い”のユスに会い、地球統合府統治軍に対するレジスタンスを旗揚げする。

 地球統合府統治軍が圧倒的な戦力をもってピジョンを占領できたのは、軍のなかにエスパーがいて、人の心を読んでは反抗心を持つものを排除するロボット「ディザスター」を使っていたからだった。けれども”犬飼い”が操る犬の心を「ディザスター」は読むことができず、ゆえに”犬飼い”を中心にレジスタンスが結成されることになったのだった。

 惑星ピジョンにどうして”犬飼い”のような超能力者が生まれたのか。地球統合府統治軍はどうしてピジョンにまでやって来たのか。統治軍に所属して「ディザスター」を操る後天的なテレパス「サイプランター」とはいったいどんな存在なのか。超能力者を生み出す機能をもっているらしい”サンクチュアリ”とはいったい何なのか。つまんだジグソーパズルの一片から、遠く貧困にあえぐ植民惑星と居丈高な地球との戦いの図式を想像していたものが、やがて宇宙の深淵、人間の深層といった部分に話が広がり、形の見えないパズル、ピースの数すら分からないパズルを作っているような感覚へと叩き込まれる。

 統治軍の「サイプランター」として、上司の命令を諾々とこなしてピジョンの人々を抹殺していく青年・ロレンゾと、10代半ばの少女ながら、命令に従わざるを得ないロレンゾと違っていっさいの屈託もなく残虐性を発揮する「サイプランター」のウルリケとの、一方的で且つ届かない愛の謎。”犬飼い”をのぞいて無敵の「サイプランター」をも恐怖の淵へと陥れる”ゼロスケール”なる呼称をもった存在の謎。示され描かれる断片が、いったいどんな役割を持ってジグソーパズルのいったいどこにはまるのか、手探りで進んでいくうちに知的好奇心がどんどんとふくらみ、そして充たされていく。

 ”犬飼い”をかばい、自分の役目を果たして次々と死んでいく犬たちの健気さは、ドラマとして読む人に涙を与えるだろう。地球統合府統治軍のジェノサイドにも毅然として立ち向かい、媚びずへつらわなかった巨漢の花屋の態度は読んだ人に感動を与えただろう。巨大なジグソーパズルの部分を形作る絵としてそれらのエピソードは、「ドッグファイト」の中で大きなポジションを占めている。

 そしれそれ以上に感銘を受けるのは、次第に組み上げられていった断片たちがひとつの物語としてまとまった時に浮かび上がる、壮大にして深淵な世界観、宇宙観の存在だ。権力への抵抗そして解放というドラマも、親と子の相剋そしれ理解というドラマもなるほど素晴らしいけれど、そうした分かりやすい感動を超えて明示されるビジョンの壮大さに驚かずにはいられない。

 組み上がったジグソーパズルはまさしく平面上の方形ではなく、複雑に入り組んだ辺を持つ図形であった。否、平面という概念ではくくれない複雑な表面をもった3次元の立体だったかもしれない。なおかつその立体は、断片的に示されたさまざまな謎によって別の立体とも重なっていたりする。あるいは時間の異なる立体とも。

 1冊の小説として完結した2次元の平面ジグソーパズル、あるいは3次元の立体ジグソーパズルとして「ドッグファイト」ある。けれどもそれは、多次元にまたがりあらゆる時空を巻き込んで膨らんでいくジグソーパズルの、実は1片でしかなかったのかもしれない。ひとつのパズルを完成させて見せることで与えてくれた感動に感謝しつつ、今ここに置かれた1ピースからはじまるさらに大きくさらに複雑なジグソーパズルが、読者の前に提示される日を期して待とう。


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