デモンズサモナー
王権の剣

 幻冬舎に角川春樹事務所の文庫参入によって、書店の店頭ではまもなく、激しい「文庫戦争」が繰り広げられることになるだろう。安価に本を入手できる文庫が増えることは喜ばしいが、既存の文庫が圧迫されて、例えば早川や創元といった好きな文庫のコーナーが狭められたり、マイナーな出版社が出している文庫のコーナーが切られたりするかもしれないと考えると、あまり喜んでばかりもいられない

 もちろん、面白くもなんともない話ばかり出している出版社の文庫など、切られて当然という気がするが、面白いか否かを判断する以前に、売場がないからと店頭に置くことすら拒否される文庫が出るのは問題だ。「戦争」前夜の現時点でさえ、サークル出版という会社が刊行している「サークル文庫」など、置いている書店は数少ない。毎日のように書店に通って新刊を漁っている自分が、昨年末に2冊の文庫を第1弾として刊行していたこの「サークル文庫」のことを、約3カ月が経過したつい最近まで知らなかったくらいだ。

 「サークル文庫」の第1弾として刊行された2冊のうちの1冊、中里融司の「王権の剣」(590円)を見つけたのは、時間つぶしのために立ち寄った、さほど大きくもない書店の文庫コーナーでのことだった。コミック調の表紙絵やイラストに、よくあるヤングアダルトの1冊かと手にとって、時間つぶしになるかもしれないと、そのままレジへと持っていった。

 読み始めてまず思ったのが、その文章の確かさ、達者さ。人様の文章を云々する資格が自分にあるとは思わないが、複雑なレトリックを駆使したり、倒置や省略を多用して、結果何を言いたいのかが解らなくなってしまう、独りよがりの文章が少なくないヤングアダルト作品にあって、ストレートに、そして的確に情景を描写していた。

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 始まりは室町時代初期の日本。南朝の武将・神薙則宗は「召喚者」と呼ばれる者たちの秘宝「王権の剣」を狙う勢力を退けた後、剣を粉々に砕いて封印してしまう。「数十年、いや数百年ののち・・・」「この剣に命運を託す者が現れよう」と語ると、則宗は傍らに控えていた「吸血鬼」とともに姿を消す。

 そして現代の日本へと舞台は移る。「自由に振る舞うこと」を家訓とした神薙家の長男、神薙弘樹は、勝手気ままに振る舞う家族に反発を覚え、公務員か何かになって、地道な人生を送ることを望んでいた。受験した志望校には入学できなかったが、受験もしていなかった高校が推薦入学証を送って来たことから、弘樹はその高校「選良の樹」学園に通うことになった。

 新設校ながら、優秀な生徒が多いことで世間の注目を集めている「選良の樹」学園は、その中でも特に優秀な生徒会の役員たちによって、がっちりとした自治体制がしかれていた。毎週土曜日の朝には、生徒会による自主朝礼が行われ、講堂に集められた生徒たちに向かって、生徒会役員から強い言葉が投げかけられていた。

 「君たちはいまだ、自らに課せられた支配者の義務に目覚めていない。精霊を支配し、人間をより高い次元に導く者、『サモナー』として覚醒せよ!」−「選良の樹」学園の実体は、精霊を呼び出してそれを自由に操ることができる「サモナー(召喚者)」の養成機関であり、弘樹のように受験もしていないのに入学を許された生徒たちは、みな「払暁の指輪」という組織によって集められた「サモナー」候補生だった。

 その日も弘樹は、同級生の織部真昼と連れだって、学校への道を急いでいた。近くまでやって来て、午前8時からの自主朝礼に出ようかどうしようか思案しているその時、2人は突然出現した鳥とも人間ともつかない不思議な生き物を目にする。そして、朝礼へと急ぐ真昼の取り残された弘樹は、ギリシャ神話に登場する1つ目の巨人(サイクロップス)を目撃し、巨人と闘う黒人の美少女、シャイナ・バーナードと遭遇した。

 選良による世界の支配をもくろむ「払暁の指輪」が狙っていたのは、すべての精霊を操ることあできる「王権の剣」だった。シャイナは、そんな「払暁の指輪」の野望を砕くために、わずかな仲間たちと闘っていた。「選良の樹」に通うため、最初はシャイナから敵と見なされた弘樹だが、かつて「王権の剣」を所有していた神薙則宗の子孫であることが解り、渋々ながらシャイナによって、「払暁の指輪」との闘いに引きずり込まれていった。

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 「超能力」に目覚めて世界征服をたくらむ集団と、それを阻止しようと立ち上がった集団との闘いという、言ってしまえば実にありきたりな基本設定だが、勝ち気で可愛いヒロインかと思われた真昼に、驚きの正体が秘められていたところなど、作者の工夫が感じられて面白いと思った。学園に残った真昼たち生徒が、「払暁の指輪」の術によって無理矢理「サモナー」として覚醒させられようとしたものの、術に耐えきれず次々と燃え出すシーンなど、まるでホラー小説を読んでいるようなすさまじさを感じさせる。

 人気アーティストとして活躍するシャイナを、「払暁の指輪」がどうしてその力を駆使して、さっさと抹殺しないのかが解らないし、驚くべき正体を秘めていた真昼が、どんな家族のもとでどんな出生を迎えたのかも不思議といえば不思議だが、そうした疑問を脇においても、とりあえず続きを読んでみたい気にさせられる。

 もっとも今もって他の書店ではお目にかかれないところを見ると、この「サークル文庫」、これから始まる「文庫戦争」を闘うどころか、すでに戦線を離脱してしまったのかもしれない。となれば、「デモンズサモナー」のシリーズ化なんて夢のまた夢。あとは稀覯本として価値が出るのを、所有者として楽しみに待つより他にない。同じく「サークル文庫」の第1弾として刊行された桑原忍の「あすか120% ファーストイグニッション」も、この際買っておくかなあ。


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