誰かのリビングッド1 [不浄]

 生きている死体を死体と言って良いのかどうかは、公孫竜の白馬は馬じゃないとか言った詭弁にも劣らない難題だけれど、「ドラゴンキラー」シリーズでコミカルファンタジーの世界に颯爽とデビューした海原育人の第2作となる「誰かのリビングデッド1 [不浄]」(中央公論新社、900円)は、「ドラゴンキラー」シリーズに似てシリアスな世界観を持ちながらも流れるトーンはユーモラス。くすくすと笑いながら読んでいけるから死体が生きているのに死体だなんて難題も気にならない。

 とある魔法使いの下で小間使いをしていたブラス少年。優秀な弟子が出奔してから魔法がうまく使えなくなってしまった雇い主の魔法使いから、八つ当たり気味の虐待を受けるようになって遁走し、2年ほどの放浪を経て這々の体でたどりついた街で、腹を空かせて野菜畑に侵入したところをフォレストという名の主人に見つかり捕らえられ、いよいよ官憲へと突き出されるかと思ったら意外にも雇ってもらえることになる。

 農場の世話と食堂の手伝いをブラスより10歳ほど年上で25歳くらいの、寡黙だけれど喋ると鋭いフリーというフォレストの養女ととともに行うようになって人心地、しようとしていたある日、野菜畑でとんでもないものとを見つけてしまって大いに困る。

 それは体の上半身を逆さになって地面に埋もれさせた死体。放っておくわけにはいかないと、魔法嫌いらしいフォレストには内緒で実はちょっぴり魔法が使えるブラスがぐいっと持ち上げたら、死体が目を開き喋り始めてブラスは仰天。事情を尋ねると、死体を扱うネクロマンサーの魔法をかけられ、ずっと死体をやっていたそうで、それも強烈な魔法がかかっていて、ちぎれても撃たれてもすぐに元通り。何度死のうとしても死ねない自分の体の秘密を知っているのは、かつて世界を滅ぼしかけた「不浄」とあだ名されるネクロマンサーの魔法使いしかいないと考え、世界を尋ねて歩いている途中、死体として生きているのに嫌気が差して、土に還ろうと地面に埋まってみたらしい。

 そしてやっぱり土には帰れなかった死体をブラスは、とりあえずフォレストの店へと招き入れ、一緒に働こうと持ちかける。デルという名の死体も乗り気になったものの、そこに一大事。ようやく落ち着いたはずのブラスの生活にすら転機が訪れるきかっけとなって、物語がぐっと大きく動き始める。

 物語の舞台になっている世界は、60年ほど前にひとりの魔女によって支配されるようになって、その下に8人の優秀な魔法使いがいて統治していたけれど、30年ほど前に「不浄」によって魔女は殺され、優れた魔法使いたちもことごとく倒され世界は混乱。それでも魔法使いたちが寄り合って、どうにか秩序を取り戻し、今は街のひとつひとつを魔法使いが治めるようになっていた。

 誰かに任命される訳じゃなく、その魔法使いにとって替わりたい魔法使いがいれば決闘を挑み、勝利すれば次の統治者になれるという弱肉強食なシステムで、ブラスがたどり着いた街でも壮年の魔法使いがロットという名の老練な魔法使いに挑まれ倒され、統治者の交替が行われたばかりだった。そのロット。どうやら美童が好みらしく、汚れを落とすと見目の良くなるブラスにも目を掛け誘いをかけたもののひとまずブラスは辞退。

 ところが店に頻繁に通ってくるナムという少女が、実は所属していたレジスタンス組織が魔法使いの支配から逃れようと反乱を企てたから大変で、誰も死んで欲しくないと願ってブラスは、老魔法使いのところに言って寵愛を受けつつ事が丸く収まるように画策したものの、そこに予期していない一大事が起こって、誰もが命の危険に陥った時、颯爽と現れた影ひとつ、といった展開に、意外性がもたらす逆転劇の楽しさというものを、存分に味わえ心が躍る。

 もっとも肝心の生きている死体ことデルの誕生の秘密については明らかにされず、世界が「不浄」なる魔法使いによって30年前に1度滅びかけた理由もあまりに直情的で、これが真実なのかといった疑問も浮かぶ。本当に一時の情動で爆発しただけで、今は静かな余生を送っているだけなのか、それとも事情はそんなに単純なものではなく、裏がいろいろとあるのか。事情を知っているらしい養女にも実は裏があるのか否かといった疑問も含め、明らかになるならなって欲しい事柄が多数あって興味を惹く。

 実は単純だったしても、それなら生きている死体君を作ってそれを天才ネクロマンサーにも気取らせないくらいの強大な魔法遣いの存在が別に必要で、そんな相手にろくすっぽ魔法も使えないブラスと、体力だけは抜群だけど猪突猛進なナムとそして死なない死体のデルという3人組がどう挑んでいくのか。そこへの興味に今後の展開への関心も募る。ブラスが小間使いをしていた魔法遣いの所を逃げ出した兄貴分の魔法使いの行方も不明。その辺りも絡んで来るかもしれない今後を待ちつつ、生きている死体が正真正銘の死体になって気持ちを落ち着かせてくれる時の到来を、今は願おう。


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