キネマ探偵カレイドミステリー

 映画で日常でミステリーで、といったら最近では大泉貴による「古書街キネマの案内人 おもいで映画の謎、解き明かします」(宝島文庫、580円)があって、映画館で働きながら持ち込まれる映画に関する悩み事を解決してあげる、聡明な女性が登場してそんな映画館があるなら是非、行ってみたいと思わせた。

 もっとも、相談するに相応しいような映画に関しての思い出がなく、あるいは映画に対する思い入れもない身では、その映画館を訪ねることは少し気恥ずかしい。普段から観るのはアニメーション映画ばかりで、ほかにはSF特撮映画で相談をするに相応しい悩み事が思い浮かばない。

 あの日観た映画の名前をもしかしたらもう覚えていないからといって、相談をしてスマートフォンを差し出され、検索しろと黙して語られたらどうしよう。そんな思いに苛まれて臆してしまう。映画という、歴史もあって伝統もある分野に対するそれが普通の人の感覚だろう。

 ところが、電撃小説大賞でメディアワークス文庫賞を獲得した斜線堂有紀の「キネマ探偵カレイドミステリー」(メディアワークス文庫)に登場する奈詩閧ニいう大学生にはそうした恥じ入る心理がない。そもそも映画に対して何かの思い入れを持ってない。単位に厳しい大学で成績が悪く、留年はほぼ確実といった状況にあった彼を教授が呼び出し、優秀ながらずっと引きこもっている学生を学校に連れてきたら、留年しないで済むよう取りはからうと告げる。

 誘い乗った奈詩閧ェ、昔住んでいたこともあって土地勘のあった下北沢の街を抜け、引きこもっているというその学生、嗄井戸高久が住んでいるアパートを訪ねると彼はしっかり部屋にいて、奈詩閧ノあれこれ映画のことを聞いてきた。アパートの2階をぶちぬいて住んでいる嗄井戸は、どうやら映画が好きそう。そんな嗄井戸高久に、「ドラえもん」しか観たことがない奈詩閧ェ臆面もなくそのことを話すと、ちょっとしたシーンからたちまちタイトルを当ててしまう。

 古今東西の名画ばかりではなく、子供向けの長編アニメーション映画についてもしっかりと知識を持っているらしい嗄井戸高久という男。対してまるで映画を観ていない奈詩閧ナは話が合うこともなく、すごすごと退散するものの留年がかかっているとあって再び下北沢を尋ね、どうにかこうにか連れだそうとするものの動かない。ところが、アパートの近所にあって奈詩閧燻q供の頃から知っていた映画館のパラダイス座が、閉館間際から地主の急死で存続となった一件を聞いて興味を抱く。

 いったい何が起こったのか。それを考えた時に嗄井戸高久はあっさりと名画座の館主による殺人だと指摘する。奈詩閧ェ子供の頃によくあそびに行った館主の家が、いつも冷房でキンキンに冷えていたこと。その館主が最近、地主に北海道の蟹を贈ったこと。そんな情報を耳にして、アパートの部屋に居ながらにして推理し解決してのける。

 その1編を含め、「ニュー・シネマ・パラダイス」に「独裁者」に「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」といった作品を登場させ、内容などに絡めつつ起こる奇妙なできごとを嗄井戸高久が安楽椅子探偵よろしく、アパートにこもって映画の知識を繰り出しながら解き明かしていくストーリー。読めば映画の知識も得られ、観てみたいという気にさせられる。

 それだけならお店が舞台となって持てる仕事の知識を生かし、日常の謎を解決していくといった、人気の設定と大きな違いはない。この「キネマ探偵カレイドミステリー」の場合は、嗄井戸高久がずっと部屋から出ないことに大きな秘密があって、それが分かってグッとシリアスな空気が立ち上る。

 引きこもっているからには人嫌いなのかというと、人なつっこさもあって尋ねてきた奈詩閧フ状況を凄く気にする。ただ映画が好きという以上に、映画にしか縋れなかった状況。そんな嗄井戸高久の苛烈な人生に心を貫かれて立ちすくむ。深い闇を抱え、それでも生き続けている嗄井戸を最初は茶化し、けれども事情を知って反省し、友人になっていく奈詩閨Bここを起点に映画がらみの事件が描かれていくことになるのだろう。

 部屋で嗄井戸が推理し、外で奈詩閧ェ行動しといった具合にバディ、もしくは主従な関係で描かれていくミステリ。日常系ではあっても根底に不穏な動きもあり、奈詩閧ノは実際に命の危険すら訪れていた。嗄井戸の過去も絡んでシリアスな展開もありそう。次はどんな映画が材料となって、その知識を得られるのかにも興味を向けながら、絶対に書かれるだろう続きを待とう。


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