チャンネルはそのまま! HHTV北海道★テレビ

 外国から来て横綱となった大相撲の関取が、しばらくの休場から明けて臨んだ場所で堂々の優勝をかざって、思わず土俵で見せたガッツポーズに対して、横綱としての品格が疑われるといった声が、四方から浴びせられたことがあった。

 喜びをストレートに表に現せない窮屈さに辟易とさせられる一方で、買って兜の緒を締めよという言葉も伝わるくらい、謙虚さが美徳とされまた敗者へのいたわりが尊ばれる国であり、なおかつ勝敗だけが全てではない神事としての意味合いも未だに言われる相撲で、ガッツポーズはやはり拙かっのかもしれないとも思い及ぶ。

 ことほどさように、喜びの感情を世に示すことは難しいのだけれど、佐々木倫子が北海道にあるテレビ局を舞台に、新人たちが巻き起こす大騒動を描いた漫画「チャンネルはそのまま! HHTV北海道★(ホシ)テレビ VOL.1」(小学館、933円)に描かれる新人アナウンサー、花枝まきの勝利のガッツポーズは、万雷の喝采を持って讃えたくなるほどに素晴らしい。

 誰からも絶対に非難など起こらないガッツポーズ。そこより放たれる神々しさが何かをやりとげた喜びを感じさせ、ともに祝ってあげたいという気持ちを沸き立たせ、そして困難に挑んで得られる感動を、自らも味わいたいという勇気をもたらしてくれるはずだ。

 何しろ勝利した相手は「HHTV北海道★(ホシ)テレビ」が開局して以来、初めて女性の「バカ枠」で採用されて、報道部に配属となった雪丸花子。入社試験でキー局でもないのにドラマを作りたいといって失笑され、なのに最終選考まで残ってそこでもリポートの実技試験の発表に遅刻する大失敗を見せる。

 ところが、焼き芋の販売を手伝った話の面白さから採用されてしまったから分からない。理由は「バカ」だから。バカ枠は会社を救い、バカ枠は会社の危機に現れ、バカ枠は風邪をひかずバカ枠は死なずバカ枠は運を持っている。そんな言い伝えに従い雪丸花子は採用され、そしてまさに底知れない運の強さを配属初日から発揮する。

 初めての仕事で先輩に付いていった増水した川で、先輩の事故により回ってきた現場リポートでは、板に乗って川を流れていくニホンザルを助け上げようとして格闘するシーンが放送されて、全道的に大爆笑を買った。それほどのバカな雪丸花子の書く原稿は、誤字もあれば間違いもたっぷりあって、見ればベテランのディレクターでも噴き出さずにはいられない。

 北海道に特徴的な難読地名にルビも打ってない。大学生の同期がキー局に入ったことからも分かるように、おそらくは中央出身ながら、受験の果てに地方局にやってきた花枝アナにはまるで不明な読み方だったはずなのに、日頃の勉強の成果を発揮して、一切つっかえることなく花畔、生振、濃昼といった地名を読み上げた。ばんなぐろ、おやふる、ごきびる、と。

 見るからにそつがなく、それが新人らしいフレッシュさを醸し出さないとアロハスタイルの小倉情報部長から言われ、戸惑いながらも自分にはフレッシュらしさは出せないと返し、ならばスーパーを目指せと言われどうすればいいんだと困ると、「潜在能力を使っていないだろう」と突っ込まれる。

 おそらくは単なるその場しのぎの助言ながらも、新人ゆえに真面目に考え「使ってないから潜在能力で」と言い訳までしたにも関わらず、小倉部長から「現れないのが透明人間か」と、きっと今の世代の人にはまるで訳の分からない言葉で言い負かされてしまう。

 もっとも、そこで落ち込まないのがフレッシュさに欠けはしても、スーパーさは持っていそうな花枝アナ。日頃から発声訓練に務め、態度を落ち着かせ、そして回ってきた雪丸の原稿を相手に、たぐいまれなる潜在能力を発揮して、見事にニュース番組としての“初鳴き”をやりとげてみせた。そこで飛び出したのがガッツポーズ。読めば誰の心にも、自然と「おめでとう」の言葉がこみ上げてくるだろう。

 もうこれで何が来ても大丈夫な身になったかというと、ある意味で火事場のバカ力であり、ピンチにあふれ出る脳内物質が時間を究極まで引き延ばして見せただけかもしれないから難しい。想像を絶する「バカ」っぷりを見せる雪丸が相手でなくては発揮されない能力なのだとしたら、花枝アナの先行きはまだ分からない。

 そんな間にも雪丸は、逃げ出した巨大なトカゲを捕まえ、警察幹部に相手を警戒させないバカっぷりで溶け込み、副署長から犯人逮捕の日付という特ダネを聞き出してみせたりと大活躍。バカ枠ならではの突破力で突き進んでいく雪丸花子の大活躍には、そつのなさでは花咲アナにも負けない同期の山根一ですら陰が薄くなる。

 テレビ局の新人が見せる究極の破天荒ぶりが可笑しい上に、それすらも呑み込んでしまうテレビ局の視聴率に貪欲で、面白いものには目がない体質をも浮かび上がらせてみせる「チャンネルはそのまま!」。エスカレートしていく雪丸の仕事ぶりばかりが目立って、花枝アナも誰も彼もが置いて行かれそうな予感もある。

 けれども、ここはせっかく生まれた花枝アナと雪丸花子との関係を、フルに発揮させるような事態を描いて花枝アナの再登場を願いたいもの。よりバカさをパワーアップさせた雪丸の挑戦を退けた後に見せてくれるだろうガッツポーズは、きっと何事にも代え難い爽快感を味わわせてくれるだろう。


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