ブレイブレイド1 移籍の虚人

 兄である、というだけで人には、大なり小なりのプレッシャーがかかるもので、だらしなくしてはいけないとか、いずれ親の後を継ぐことになるのだからといった自覚なり、他者からの視線から厳格であろう、真面目であろうと自分を律し続ける。

 そうやって大人になって、死ぬまで“兄”で居続けられる人もいるけれど、生来の資質がそうした役割をこなすのに不十分だった場合、鬱屈が溜まって歪んだ人間になってしまうこともある。

 ましてや父親は世界を救った英雄で、妹は勇者と呼ばれるくらいに学園きっての優等生。そんな境遇に生きる兄がいったい、どれほどの鬱屈を抱えることになるのだろうか。あやめゆうの「ブレイブレイド1 遺跡の虚人」(中央公論新社、900円)に登場するジン・アークロストは、人並み程度には知恵もあれば容姿も整った少年で、サーディン聖央学院という先の大戦の英雄を讃え、後継者を育成する学校に通っていた。

 そんなジンを周囲は、人並みの人間とは見なさず最初は期待を持って眺め、やがて失望と侮蔑を抱いて接するようになっていた。なぜならジンの父親、アイザック・アークロストこそが学院設立の発端となった先の大戦の英雄で、その息子だと思われているジンが凡庸な人間であることを、世間が受け入れるはずがなかった。

 さらに悪いことに、アイザックの娘でジンには妹にあたるローズマリー・アークロストがとびきりの優等生だったからたまらない。世界を脅かす虚神を倒した英雄と、その英雄の後を継ぐ勇者に挟まれ、ジンもさぞや窮屈な思いをして生きていたかというと、意外にも2人に並び立とうという思いは捨てて、凡庸さを受け入れ、戦闘や魔法を高めるよりは調査偵察の能力を磨こうと普通の勉学に勤しんでいた。

 鬱屈もなければ嫉妬も焦燥もなく、非才を誹られてもさらりと受け流す凡庸さ。そんなジンの態度に父親のアイザックは関心を失い、妹のローズマリーは苛立ちを覚えて厳しく接しようとするから、ジンが抱くやれやれといった感覚は増す一方。名家の凡才にどこまでもつきまとう悲哀に、ジンと同じく非才な者たちは同情のひとつもしたくなる。

 もっとも、そんなジンがアイザックの勧めで学院に転校してきた、アニス・ギネスという剣士の少女の道案内をして、とある遺跡に行ってとてつもない存在と出合い、その力を見に引き入れてしまって、単なる凡才ではいられなくなったから大変。英雄の父に命を狙われ、勇者の妹に行方を追われ、それどころか世界が放ってはおかない身の上になったジンが、いったいどう振る舞うようになるかが、これからの物語で描かれていくことになる。

 英雄の息子といっても実は訳有りで、それが一層の鬱屈を生んで、誰も彼も恨んでいる人間かというと、自分の身の上を分かり、シニカルながらも歪んでおらず、ユーモアを失わないジンの性格や言動が興味深い。伝説に従えば居場所を離れてはいけなかった妖精のエリスが、街へとやって来てそこで知り合った人々の中でも、とりわけジンを好いて常につきまとっているのもその屈託のなさ故か。

 どうしてジンは“兄”である以上に凄まじいプレッシャーに潰されず、曲がらず歪まなないで育ったのか。複雑な立場ゆえか。妹の憤りの裏に漂う信頼と情愛を敏感に感じ取って、答えることは無理でも裏切りたくはないという思いから、道を踏み外さなかったのか。そうだとしたらなかなかに妹思いの良い兄貴。それを素直に鍛錬で示さないところに、いささかの反逆心があったのかもしれないけれど。

 一方、勇者と呼ばれ期待を一身に受けているローズマリーは、素直ではいられない家系で、ずっと気を張って生きていて、兄にも同じだけの緊張を求めようとしているけれど、それでも一向に自覚しない兄に複雑な感情を抱いていて、怒りの中に悲しみを抱いた顔をして兄を追う。

 本当はやれば出来る人だと信じ、それをなかなか見せてくれない兄の態度に涙すら流すローズマリーの可愛らしさは、どこまでも突き抜けて明るい剣士のアニス・ギネスとは良い対比。ジンをめぐってこの2人と、それからエリスが絡んで起こる騒動に期待したくなる。

 性格も立場も含めてしっかり作られ、違和感なく追っていける登場人物と、魔法に溢れた世界に見えて、科学的なテクノロジーの残滓が見える世界観を得て描かれた物語の上で、最強の力を得た非才な少年が何を思い、どう動くのか。続きが気になるシリーズだ。


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