”文学少女”と死にたがりの道化

 史上最年少で芥川賞を受賞した高校生作家は、美少女で見栄えも麗しく頭脳も明晰。それだけに、次にいったいどんな作品を書き、またどんな活動をしてくれるのかと衆目が集まっているけれど、果たしてプレッシャーからなのかそれとも元々がフロックだったのか、活動らしい活動をその後にしたという話が聞こえてこない。

 もっとも「14歳中学生美少女作家」だと他人に思わせ、100万部を売るベストセラーになったものの、正体は中学生ながら男子で広まった嘘偽りのプロフィルにプレッシャーを受け、次が書けずそのまま消えてしまった作家もいたりする。男子と正体がバレる訳でもない史上最年少芥川賞作家は、1年2年の沈黙も雌伏と認めて待つのが筋というものか。

 ちなみに消えた”偽美少女作家”とは井上心葉のこと。野村美月の新シリーズ「”文学少女”と死にたがりの道化」(ファミ通文庫、560円)の主人公。その名前の雰囲気から、本人に偽る気はまるでなかったにも関わらず、”美少女作家”と間違われ騒がれ本が売れてしまった。

 もっとも罪悪感からかそれとも嘘が明るみに出る恐怖心から、次が書けず今は進学した高校で、ごくごく普通の学生生活を送ろうとしていた心葉。ところがそこに現れたのが天野遠子という名の奇妙な先輩。文芸部の部長で三つ編みの美少女で、そして本が大好きな彼女に引きずり込まれてしまう。

 天野遠子のどこが奇妙なの? ごくごく普通の文学少女じゃない? いやいや普通じゃない。彼女の物語への執着ぶりは凄まじく、市販されている本ではもはや飽きたらず、元ベストセラー作家で今は平凡な高校生の井上心葉に直筆で物語を書かせては、それを読んでは言葉どおりに”味わって”いた。

 その日も部室に飛び込んできた竹田さんという少女から、ある先輩と仲良くなりたいから協力して欲しいという依頼を受けて、天野遠子は分かったと言い協力するから後で恋愛の経過をリポートにしてまとめて欲しいと交換条件を出す。そして心葉に、少女が先輩へと渡すラブレターの代筆をさせる。

 そこはかつてのベストセラー作家。仕上げて渡した心葉のラブレターは、竹田さんが気持ちを惹きたい先輩にとても気に入らてしまう。だからもっと書いて欲しいと頼んで来た竹田さんに仕方なく付き合っているうちに、ひとつの疑問がわき上がって来た。

 竹田さんがラブレターを渡している先輩とはいったい誰なんだ? 竹田さんはちゃんと存在している人だと言う。けれども学校の名簿にその名前は載っていない。もしかして? 調べていくうちに、かつて学校を舞台におこった哀しい事件が蘇り、事件に絡んだ人たちの愛憎錯綜するドロドロとした関係が立ち現れる。

 過去から現在へと繋がる事件の鍵となるのが、太宰治の「人間失格」の物語。道化として生かされ、道化として死んだ「人間失格」の主人公のように、過去の事件を隠蔽し、内面を覆って上辺を取り繕い、今を生きる人間たちの罪を暴き心を突き刺す展開が現れ、読む人の身を震えさせる。

 なおかつ「”文学少女”と死にたがりの道化」は、よくある学園文学ミステリー的な謎解きの枠組みに留まらない。もうひとつ別の、けれども過去の事件と重なる「人間失格」の物語をそこに描いては、1人の少女がずっと抱いていた苦しみから彼女を助け出す。

 小説であり、また太宰治の遺書ともいえる「人間失格」を解題しつつ解体しては、新たな物語を紡ぎ上げる。一種の文芸批評ミステリー。それを「赤城山卓球場に歌声は響く」や「Bad! Daddy」や「うさ恋」といった、元気いっぱい明るさたっぷりな作品を得意としていた野村美月が書き上げた。ややダークな展開で、人間の深淵な部分を見せる物語に挑み結果として示した。驚くより他にない。

 天野遠子の設定が未だに謎だし、心葉の過去にも複雑な敬意がありそうで、今後の展開の中でどのように明かされていくのか、興味を引っ張られる。とりわけ天野遠子の正体は、リアルでシリアスな文芸批評ミステリーの部分と今ひとつ食い合わせが悪いが、考えようによっては、単なる悪食で物知りな人間の女の子だと取ってとれないこともない。おそらくはそうではないのだけれど。

 ともあれ幕を開けた新感覚文芸ファンタジックミステリー。次はいったいどんな作品を俎上に載せて料理をするのか。そのセレクトにも、ミステリーの中で処理する腕前にも注目だ。


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