葡萄大陸物語 野良猫姫と言葉渡しの王

 スニーカー文庫がファンタジア文庫とライトノベルの双璧として、ファンタジーとかSFとかをガシガシと刊行していた時代はいつごろまでだったか。最近はファンタジア文庫は以前としてファンタジーにSFにラブコメを出してはいる一方、スニーカー文庫はどちらかといえばネットで人気の小説だとか、ネットのコンテストで上位に来た小説を拾って出している感じがある。

 以前のようにスニーカー大賞があって学園小説大賞もやっていて、そこから上がって来た人とか、拾い上げた人に書かせていろいろと人気作品を作ってきた時代とは、雰囲気が変わっていたりするんだけれど、そうした中にもトネ・コーケンによる「スーパーカブ」のような青春の傑作が出て来たりするから異論はない。

 とはいえ、そうしたネット発にある種の傾向が見えてしまったいる状況で、何でもあるのコンテンストから出てきて頂点に立つ作品への期待をしたくなるのが昔気質のファンというもの。そして、第24回スニーカー大賞の金賞を獲得した一ツ屋赤彦による「葡萄大陸物語 野良猫姫と言葉渡しの王」(スニーカー文庫、640円)は、王道のファンタジーにして底辺からの立身出世の物語と、窮地からの逆転という戦記の要素も含んでいて、楽しさの中に奥深さを味わえる。

 いろいろな民族が流れ集まってはコミュニティを結成し、暮らしていたアルカードという流民団。けれども戦火の中で殲滅されてしまって残ったひとり、メルという青年はさまざまな民族の中で暮らした経験から学んだ、あらゆる言葉を理解し話せる能力を使って身を立てようとランタンという国に向かう。

 そこで出会った豹人族というネコのような耳と尻尾を持った種族の女性のキリンに話しかけられ、豹人の言葉を解するようだったメルが引っ張って行かれた先は何とランタン国王の下だった。そこでメルは無邪気に獲物を捕まえてきてさらす野性的な豹人族の姫・シャルネと出会う。

 まだ幼くてあっけらかんとしていながらも、政略結婚のためにバツという国に嫁ぐ運命が決まっていた。そのシャルネに人間の言葉を教えるのがメルの役目だけれど、ふれ合う内にシャルネの側にネルの感情めいたものが浮かんで来て、そしてメルも政略結婚という望まれない婚姻を余儀なくされるシャルネへの同情が親愛に変わっていく。それを見ていたキリンが、婚約を壊そうとしてそれをシャルネがひとまず阻止しようとする。

 キリンのためにはなった。けれども国のためには拙かったかもしれないと、シャルネは王に逆らった罪でクビをはねられる運命すら余儀なくされる。もっとも、そうした一触即発は実はランタン国王が計略を巡らせて起こったことでもあった。メルは戦いの備えてキリンの村へと行って弓術を学んだあと、シャルネが嫁がされそうになったバツとの戦争へと向かう。

 ランタンに比べて大国だけど、指揮官の数は足りていない。ランタン国王なら勝てるはずだった。もっとも、そおランタン国王は寿命が尽きようとしていた。代わりにランタン国を任されたのがメル。その言葉を駆使する能力を活かして、エルフも含む異なる種族を集め束ね交流を持たせていく展開が、グローバルな時代を象徴して嬉しいし、計略でもって敵を退ける戦記物的な楽しさも味わえる。

 力こそが正義の世界にあって知略と交流こそが善であるというテーマが響いてくる作品。ひとりが圧倒的な力ですべてを担って解決していく話が隆盛のなかで、これはやはり珍し。コンテストからの投稿だからこそ、今時のパターンを踏んでいないとのかもしれない。それともどこかで投稿されていたものなのだろう。あそこは気になる。
 キリンという豹人族の女性が婿をなかなかとれないことが村で問題になってるのが愉快というか、そんなに男たちの恐れられているのか、美人なのに。いずれきっとメルがシャルネに続いて妃に迎え入れるのだろう、一夫多妻が許されている世界観だとしたなら。

 そうした展開も含め、まだまだ戦乱が続くだろう中、世界を言葉でつなぎまとめるメルルの“戦い”が帰結して得られる平穏を是非、見させて欲しい。


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