奇械仕掛けのブラッドハウンド

 狂気の科学者による発明品なのか。それとも宇宙からの侵略者なのか。あるいは異世界からやってきた悪神の類か。はっきりしたことは分からないけれど、人間を変えてしまう力を持った<指>というものが存在するらしく、それを装着した人間は、とてつもない異能を発揮できるようになる。

 もっとも、<奇腫指>と呼ばれるそんな「指」は、人間にとって良いことだけをもたらすのではなく、むしろ悪い方向に働くようで、「指」の指令に突き動かされるるように事件を起こし、人を殺めたりするようになる。そして「指」を装着した人間は、体内に毒の袋のようなものができてしまい、その人間を「指」の呪縛から解放しようと手から一気に気に切り離そうものなら、毒が体内に回って人間を殺してしまう。

 だから、「指」に取りつかれてた者を抑えるには、相手が死んでしまうのを承知で切り取るなり、そうした解放を専門にする能力を持った者が相手をするしかない。そんな世界観を持った小説が、ついへいじりう、という名前の作家による、「奇械仕掛けのブラッドハウンド」(ガガガ文庫、611円)だ。

 そこでは、あらゆる者をとてつもない力で押し潰す力を持った「指」が登場して、次々に人を潰して殺して回っている。潰殺鬼ともあだ名されたそんな犯罪者に挑むのが芥宗佑という名の美少年、というか、少女と見まがうような顔立ちの持ち主。転校した学校でトイレで小用を足していると、ずけずけと入って来た巻島という後輩の女子が、場所をわきまえもしないで「あんなキレーな人がトイレで立ちションって」と騒ぎ立て、宗佑によってぶちのめされる.

 それがきかっけになって、宗佑が別に営む神楽ヰ探偵事務所に出入りするようになった巻島は、その夜も、バイト先のメイド喫茶の服で現れ、宗佑相手にラブコメチックなドタバタを演じつつ、潰殺鬼による事件があったことを伝える。その巻島が帰った後、事務所に現れたのが、彼女が話していた事件で父母と叔父を殺されながら、ひとり行方が分からなくなっていた栂貴織という少女だった。

 学校で虐められていたところを宗佑に救われた過去もあって、彼を慕い助けを求めてやって来たらしい。帰れといっても嫌がる彼女を追い出すわけにはいかず、事務所に残して宗佑は事件の犯人捜しに向かう。そして現れた潰殺鬼によって、油断していた宗佑は追いつめられる。

 そこに降ってきたひとりの美少女。神楽ヰ音耶という名で、宗佑が働く事務所の所員にして戦闘員でもある彼女は、とてつもない身体能力で潰殺鬼を追いつめるものの、宗佑が殺さず「指」をうまく外そうと言い出して、音耶と揉めている潰殺鬼は間に消えてしまう。

 さらに起こる事件。巻島が巻き込まれたらしいと分かって落ち込み、憤る宗佑に意外な救いがあったものの、かわりに表だっては知られていない貴織という少女の陰惨な生活の諸相が見えてきて、ひとり愛を求めて彷徨った彼女の嘆きと叫びのようなものが聞こえてきて心を射す。

 どうして誰も、彼女にもっと早く手をさしのべてあげられなかったのか。悔いたところで後戻りはできないし、そうはいかない事情があり、感情もあってそれが少しずつ重なって、最悪の結果に至ってしまった。だからどうしようもなかったとも言える。それでも助けたいと願う宗佑に、憤りつつ従う音耶。そのコンビだけが「指」を巧く回収できるらしい状況が、どういう条件で設定されたが明示されていないところが、作品の持つ世界観への興味を誘う。

 今後過去のエピソードとして明かされるなり、進行する事件の中で明かされることになるのだろうか。さまざまな力を人間に発揮させ、破滅させる「指」を、異能バトルのようにしてバリエーション展開しつつ、「指」に取りつかれた者たちのエピソードを描いていくことで、様々な事件に宗佑と音耶を遭遇させることができる。そんな設定を使い、巻数を重ねていく中で、2人の馴れ初めと、そして行く先が示されるだろうことを期待したい。

 というよりも、やはり気になる「指」の正体。それはどういう仕組みを持った物なのか。そもそも誰が作り出し、送り出している物なのか。根本にまつわる種明かしがあっても嬉しいし、なくてもそういうものなのかという理解の上で、謎めく展開を読んでいける。とはいえやはり知りたいその秘密。狂気の天才科学者が発明した、特殊な異能発動アタッチメントと見るのが今は良さそうだけれど、その彼すらも宇宙から襲来した生命体としての「指」に操られ、作り出している見ても楽しい。あるいは異神の呪いとか。

 SFなのかサスペンスなのかホラーなのか何なのか。ジャンルを見極める楽しみもあるけれど、そのどれにも当てはまる、極上のエンターテインメントとして受け入れても構わない。とりあえず今は、ハードボイルドな探偵物としての要素と、社会的な問題を内包した事件に挑むストーリー、そして美少年に美少女たちが絡むラブコメのような雰囲気も持って多面的に楽しめるシリーズとして、続きが出るのを待ちかまえよう。


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