Black Santa & Reindeer


 サンタクロースが赤いのは、赤と白のコーポレートカラーを持つコカ・コーラ社が、赤いサンタを宣伝に使って世界に広めたからだという説があるけれど、それが本当かどうかは実際のところよく分からない。日本ではコカ・コーラが広まる前からサンタは赤かったという説もあるし、赤い色をしていないサンタなんて、想像するだけでおかしくって笑いが浮かんでしまう。

 もっとも、歴史をふり返ったり地域を見渡したりすると、赤くないサンタクロースが本当に存在しているらしい。ロシアのサンタは青い色をしているそうだし、ドイツのサンタは赤と白の衣装を着た善人のサンタと、黒と茶色の衣装を着た悪人のサンタがいて、子供たちを喜ばせるだけでなく、怖がらせもしていろいろ教えているという。

 そうでなくても、自由と解放の世紀を経た現代だ。赤だなんて決まり事を無視して、紫色をしていたり、黄色だったり水色だったり白色だったりサンタが現れて、トナカイことレインディアの引くそりを駆って天を飛び、地を行きながら子どもたちの幸せをかなえているのかもしれない。

 なるほど、どこか珍妙な光景かもしれないけれど、今時の子供たちは、赤いサンタが黄色でも水色でも、もらうものがもらえるなら何色だって構わないと割り切って、笑わず騒がず笑顔でカラフルなサンタを出迎えるのだろう。

 もっとも、真夜中に窓から入ってきたサンタが全身真っ黒だったら、誰なんだこのドロボウはといった感じに、子供でなくても驚きそう。ドイツの黒いサンタのように、悪魔の使いといった伝承もあったりする中での登場は、決していい目では見られない。そういう感情が働いたからなのか、泉谷一樹の「ブラックサンタとレインディア」(電撃文庫、570円)で主役を張っている黒サンタは、サンタの世界で最底辺の立ち位置にあって、いろいろと苦労をしている。

 舞台となっているのは、サンタクロースたちが暮らすサンクラウスという世界。そこにはさまざまな地域があって、さまざまな色のサンタがいては、サンタの技術を磨き競っていた。ノエル・シャープという少年も、そんなサンタの1人だけれど、生まれ育った場所がまさしく黒サンタの国。人気者でオーソドックスな赤サンタを頂点としたサンタ界のヒエラルキーでは最弱で最低。そんな状態が続いたことに諦めてしまったのか、上を目指して精進しようとしている人もあまりいなかった。

 ましてや、もうずっと赤サンタが勝ち続けているという、人間世界へ行く権利が与えられる「ホーリーズ・ナイツ」という武闘会に出ようと考えている人などいなかった。そんな中、ノエル・シャープという少年だけは、育ててくれた恩人への思いとか、自身の向上心もあって、「ホーリーズ・ナイツ」に出ようと鍛錬に励んでいた。

 出場するには、パートナーとなるトナカイことレインディアが必要で、それを召還しようと森へ入ったノエル・シャープの前に、苦労の甲斐あってレインディアらしきものが現れた。ただし、馬とも鹿ともとれるような動物の恰好はしてなかった。むしろ人間そっくりだった。というより少女がレインディアの全身タイツを着ているだけだった。

 どういう訳だとノエル・シャープが近づくと、なぜかレインディアの全身タイツは少女から離れて、ノエル・シャープにまとわりつき、あまつさえ脱げなくなってしまった。恥ずかしい。それ以上にサンタの力を失ってしまってはもう「ホーリーズ・ナイツ」には出られない。そう困っていたノエル・シャープだったけれど、レインディアとして召還されたカロン・グロースという少女には、ぜかサンタの力が宿っていて、逆に全身タイツを着たノエル・シャープの方に、レインディアの力が発動していた。

 カロン・グロースはこれは好機と喜び、ノエル・シャープはどういう悪夢だと嘆きながらも、恩人に報いるため、そして黒サンタの国を奮いたたせるために、立場を逆転した形で「ホーリーズ・ナイツ」に出場し、闘うことにする。

 白馬が王子に乗るように、サンタクロースとレインディアの立場がひっくり返ってしまうという状況の面白さがあり、そんな元レインディアで、今は黒サンタのカロン・グロースが不思議系の美少女だというキャラクター面の楽しさがある上に、最弱のチームが意外な力を発揮して、勝利を重ねていくという爽快感もあって楽しめる。

 赤いサンタが圧倒的な強さを発揮しているのは、そうあらねばならにという赤サンタならではの誇りとは別に、勝ち続けて来たことによって集まった権力や財力が、知らず周辺のサンタたちを怯えさせ、従えてしまったからだという展開も、色違いのサンタたちが、ただ異能を発揮してバトルしているだけではない、政治的、経済的な深さがあって面白い。

 だからといって、赤サンタが中心にあってそのまま回り続ける世界を認めてしまうのもつまらない。長く続く政権が既得権益にしがみつき、腐敗の溺れて衰退していくように、赤サンタが支配し続ける世界もいつかは歪み、衰える。そうならないために、そうさせないことに何をすべきかを考えさせる展開は、安易に強い存在にすがり、もたれかっていく態度を諌め、苦労しながらでも自立し自活していく道を選べと諭す。

 もしかしたら、ルドルフという名でノエル・シャープの夢に現れた赤鼻のレインディアや、カロン・グロースのルーツらしい始祖としてのサンタクロースが、歪み硬直してしまったサンタクラウスの世界を遺憾に思って、若い2人を使い何かを仕掛けたのかもしれない。そのことは、この先が見えない現実の世界にも、諭し導いてくれる存在の登場を期待させる。

 ひとまず決着がついた物語。この先、サンタクラウスの世界は、ノエル・シャープとカロン・グロースの2人はどうなっていくのか。「ホーリーズ・ナイツ」の勝利者に与えられた人間世界に行く権利を行使することで、全身タイツのレインディアと黒いサンタの少女が人間世界に現れたとして、いったいどんな騒動が起こるのか。そんな想像の先にあるかもしれない、現実世界を懸命で前向きな2人が糺し、変えてくれる物語の登場を、今は願いたい。


積ん読パラダイスへ戻る