ビブリア古書堂の事件手帖7 〜栞子さんと果てない舞台〜

 お店ミステリ、というジャンルが誇っている隆盛を遡るなら、やはりこの作品がひとつのきっかけになるんだろう。古書店が舞台となった三上延の「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズ。自分たちと身近な日常で、自分たちとも関わるような謎に挑んで解き明かしてくれるストーリーが楽しめる上に、本に関する知識も得られて嬉しい気持ちになれると評判になって、ちょっとしたベストセラーになった。

 そんなシリーズの最終巻となる「ビブリア古書堂の事件手帖7 〜栞子さんと果てない舞台〜」(メディアワークス文庫、650円)が登場。表紙の篠山栞子さんがノースリーブのカットソー姿で、胸が前に垂れ下がるくらいに実っていて目のやり場に困るくらい。そんな栞子さんといい仲になった店員の五浦大輔はケシカラン奴だといった思いに強く囚われる。

 とはいえ、奥手と朴念仁が向かい合っても進展しないのがその関係。ただの店主とアルバイトだった関係が、ぐっと近付く事件が前に起こってお互いに意識するようにはなってはいても、反対しそうな栞子の母親、篠川智恵子をどうやっつけるか、といったあたりが鍵となってクライマックスを締めくくるのか。そんな興味もあったところに、篠川智恵子とはまた違った厄介な敵が現れる。

 横浜で骨董屋を営む吉原喜市という老人は、栞子が探していた太宰治の「晩年」初版本をとあるルートから引き取って、それをまず栞子に法外な値段で売りつける。約束があって買わないではいられなかった栞子に、吉原はさらにシェイクスピアのほぼ同時代に作られたファーストフォ・フォリオと呼ばれる貴重な本のファクシミリ、つまりは精巧な複製本を持ち込んで来て、幾つか挑戦のようなことを仕向けてくる。

 まずはファクシミリのうち黒い表紙の1冊をちらつかせ、栞子たちに買わせようとしつつ卑怯な手段を挟み込み、それをどうにかかいくぐって手に入れた栞子たちに、今度は同じ複製本の青、赤、白といった表紙を持つファクシミリを、古書市で落札しなければならないような状況へと追い込んでいく。それは栞子にとっては祖父にあたる男のしかけた罠であり、そんな祖父の下で苦汁をなめた記憶を持つ吉原の復讐でもあった。

 4冊もある複製本がどういういわれのもので、そこにいったいどれだけの価値があるのかといった展開が、黒い複製本を読み解くうちに見えてくる。シェイクスピアという希代の戯曲家に関する知識を駆使し、骨董にも近い西洋の本に関する知識も生かしてたどりついたひとつの結論。それを知った以上、栞子は動かざるを得なくなったけれど、先立つものがなく、さらには母親の智恵子も関わってきて吉原の企みも含めた複雑な状況の中で、栞子は苦しい戦いを強いられる。

 傍らには体質から本が読めず、シェイクスピアも含めて本の知識にも乏しい大輔。ビブリオミステリと言ったカテゴリーに属する物語の中で、無能で厄介といった誹りを免れられないキャラクターの存在が、ここで大きく効いてくる。本の知識ばかりが正義ではない。人としての魅力や勘がものを言うこともある。そんなニュアンスを醸し出して、大輔という存在を狂言回しの位置にも、栞子のヒモめいた位置にも貶めないところに紡ぎ手の優しさを感じる。

 そうやって辿りついた結論にはひたすら驚嘆。栞子の祖父で傲慢と言われた男が仕掛けた罠をかいくぐり、吉原が仕掛けたつもりでいた企みすらも粉砕して勝利を掴むカタルシスに酔える完結編になっている。今までにない金額的なスケールの大きさもあって、一世一代のギャンブルに挑むギャンラーを見守る気分も味わえる。妹の学費のためだけでそこまで張り切ったのだろうか。あるいは大輔との愛の巣を守りたかったとか。それは想像だけれど、案外に栞子も堅物に見えて情に厚い性格なのかもしれない。

 次はもうないと思うと寂しいけれど、「絶対城先輩の妖怪学講座」シリーズンの峰守ひろかずがスピンオフで、ビブリオバトルをテーマにした「ビブリア古書堂の事件手帖スピンオフ こぐちさんと僕のビブリアファイト部活動日誌」(電撃文庫)を書いていて、そこに栞子さんも登場する模様。ミステリというより青春小説になりそうだけれど、それでも得られるだろう様々な本の知識を、栞子さんからのものとして受け取り、味わい、自分でも試していこう。


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