バトル・オブ・CA
星を越えていこうよ

 「行きたい」という気持ちが人類を、アフリカの大地からグレート・ジャーニーへの道を辿らせ世界中へと蔓延らせた。「行きたい」という思い東アジアの外れから紙や火薬をヨーロッパの地へと送り込み、銃やキリスト教を極東にある弧状の列島へと伝えた。新大陸を発見させ、弧状の列島の目を醒まし、高く天空へと舞い上げげそして今、輝く星星の間へと人類を送り込もうとしている。

 事情はそれぞれに違っていただろう。まずは生きるため。あるいはそれを欲するものが待っているため。欲していなくても与えるのが使命だと考えたため。欲望や打算といった純粋性からはいささかニュアンスを異にする事情が人を、遠くへと赴かせたことの方が事情としては圧倒的に多い。

 フロンティアスピリッツと聞こえは良くても、根は一攫千金だったり食べるための西行だったりするし、新時代のフロンティアスピリッツ行と目された宇宙進出ですら、超大国の威信といった見栄にが動機の過半を占めていた。時代が新しくなればなるほど、人の「行きたい」という思いの純粋さは薄くなるばかりだ。

 だからといって純粋さはなくならない。なくしまってはいけない。打算ばかりになった気持ちはどこかで人の歩みを止め、その場へと留まらせてしまう。より遠く、そして高みへと向かう気持ちを持ち続けることでしか人は生きられない。

 「生きる」ために「行く」。「行く」ことで「生きる」。人の、というよりすべての生けとし生きる存在の根源にある純粋な思いの素晴らしさが、佐々史緒の「バトル・オブ・CA 第1巻 星を越えていこうよ」(ファミ通文庫、640円)で綴られる。

 コンラッド・ティエンは鉱山惑星ニュー・オリエントで生まれ育った17歳の少年。ホテルを営んでいた祖母を敬愛し、そのホテルを継ぐことを子供の頃から夢見ていたもののそこは鉱山惑星、力の強いものが讃えられる風土の中で父親はコンラッドにホテルを継がせるどころか潰してしまう。

 もはや鉱山技師になるしかないのか。夢を奪われ行き場のない思いに迷っていたコンラッドの目に、「地球人類初の豪華宇宙客船・カソリック号の処女航海の日程が、本日正式に発表されました」というニュースが飛び込んで来る。ニュースに映し出された「カソリック号」。それはかつて祖母のホテルによく泊まりに来ていた老人が、設計図に描いていたものだった。

 その船影を見てコンラッドは決心する。祖母のホテルをこよなく愛し、コンラッドを可愛がってくれた老人に会って話がしたい。彼が好きだったホテルを守れなかったことを謝りたいという思いを抱いてコンラッドは地球へと向かう。それが自分の運命を大きく変えるとも知らずに。

 地球についたコンラッドは「カソリック号」を建造した会社へと向かい老人を探す。紆余曲折あって老人がすでに亡くなっていたことを知ったコンラッドは、祖母のホテル経営を手伝っていたことを買われて「カソリック号」へと乗り組むことになる。地球でも屈指の豪華客船のキャビン・アテンダントという、普通なら羨ましがられる身分になったコンラッドだったが、ほどなく大変な場所へと来てしまったことに気づく。

 すでに宇宙を航海するくらいになっている人類だったが、その力は自分たちで得たものではなかった。およそ300年前。太陽系の端までようやくたどり着いた人類は、そこでサフィラ人と呼ばれる宇宙から来た種族と出会い、その技術を伝授される。やがて太陽系を越えて彼方へと行くようになり、サフィラ人だけでなく宇宙でも最も高度な文明を持つノレイク人をはじめ多くの種族と交流を持つようになって、銀河へと歩を進めるようになる。

 それでも自前の技術で船を造ったことはなく、また作ろうという気運さえ起こらなかった。コンラッドが慕ったドクトルが「カソリック号」の原型となる船を設計し、それを建造する人間が現れるまでは。そして「カソリック号」が処女航海を前にした今も、人類は自力で宇宙へと向かうべきではないと考える人たちが大勢いた。

 例えばグローリア・B・トレヴァー提督。かつてドクトルが結婚していた女性で、今は別れて地球軍作戦統合本部副司令の要職にる彼女は、乗船を誘いに来たコンラッドたちに「カソリックは、まだ銀河を飛ぶべきではない」と言い放つ。さらには「カソリック号」で次々と起こる事件が、人類を宇宙へと向かわせるべきではないという空気を世間に漂わせる。

 処女航海を前にして度重なるアクシデントにコンラッドは悩む。けれども思う。「行きたい」と。自分の気持ちを容れ、ドクトルの思いを乗せ、打算や恐怖に惑う人類の根源にある衝動をその船体に受け止めて、「コンラッド号」は宇宙を目指すべきだと。

 思いはコンラッドだけに限らない。出航前から不穏な空気に包まれていた「カソリック号」では、雇っても船を守るために必要な過酷な訓練に耐えられず、人が辞めてしまうアクシデントが続いていた。そうした中で最初から危険を承知で乗り込み、残ってコンラッドと仕事をするようになった強者揃いのキャビン・アテンダントたちも、やっぱり同じ思いを持っていた。

 天使の種族サフィラ人と地球人のハーフという美少女ゴージャスや、無口ながらも知性と理性は一級の美少女イゾルテ・シュタインマイヤーを始め、尖った耳を持つ元SPの美少女にナイスバディで美貌の元傭兵、そしてウサギに見える”美女”といったキャビン・アテンダントの面々は、出航を控えた「コンラッド号」に襲いかかった最悪の事態にも、持ち前の才能やら能力を発揮して、船を守るために大活躍する。

 そんな彼女たち同僚キャビン・アテンダントたちの頑張りと、たった1人の男性キャビン・アテンダントとして奮闘したコンラッドの純粋な願いがもたらした素晴らしいエンディングを目にするにつけ、縛られない「行きたい」という気持ちだけがもたらす希望、与えてくれる夢を追い求めてみたくなる。

 道には荊が生い茂っているかもしれない。嵐の破滅することだってありうる。ドクトルも言っていた。「雨が上がったからと言って、すぐに晴れるわけでもない」と。この先で描かれるだろう物語が、そんな苦闘の数々を描くものになるだろう可能性は限りなく高い。

 けれども、それでもコンラッドは「行く」ことを躊躇しないだろう。キャビン・アテンダントの仲間たちも頑張り抜いてくれるだそう。そんな姿から人類は、今現この実の世界を生きている人類は学ぶのだ。行きたいのなら行くべきだと。星を越えて行くのだと。


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