バーコード・チルドレン

 17歳の少女のなぜか記憶だけ6歳の児童に後退してしまった話が世間を賑わしていたりするけれど、幼稚で礼儀知らずで気分屋で、前向きな姿勢と無いものねだりと心変わりと出来心で生きていて、甘やかすとつけあがり放ったらかすと悪のりする、6歳の子供ならではの態度をその時は平気で取れていても、17歳の記憶が戻って来た時にまず抱くのは、おそらくはとてつもない恥辱と後悔の念、なのではないだろうか。

 11年前の6歳の頃にやった数々の子供らしい行動だって、思い返せば赤面することが数々あったりするのが人間という生き物。増してやたとえ記憶が後退していたとはいっても、立派に17歳の肉体へと成長していた自分が、努力の素振りも見せず、忍耐のかけらもなく、人生の深みも渋みも何にも持っていない子供として下から見上げるような態度でつい先日まで振る舞っていた訳で、これを恥辱と思わない人は、よほど強力な気持ちのスイッチを心に持っているに違いない。それか体は17歳で記憶も17年分あっても精神年齢はずっと6歳のままだったのかもしれない。

 こうした例から鑑みるに、何百年と生きていて人類をはるかにしのぐ英知を持った天使という存在が、その記憶を消されて小学生として振る舞うことを余儀なくされた事実を後で知ったときに、抱く感情は相当な恥ずかしさに満ちたものだと考えるのが普通、だろう。本沢みなみの「バーコード・チルドレン」(コバルト文庫、438円)に描かれるのも、まさしくそうしたシチュエーションなのだけれど、そこは人類をしのぐ英知とともに、人類の想像もつかない剛胆さも持ち合わせているようで、恥じ入るどころかちょっとした余興としか思っていない節があって興味深い。

 来るべき「審判の日」に備えて、天界から大天使たちが地上へと降ろされ記憶を消され、人間の子供となって暮らしている街、通っている学校があって、そんな大天使たちが目覚めるまでを、ひとりナンバー8の大天使メタトロンだけが、記憶を維持したまま子供の姿に転生して見守っていた。そしてメタトロンは、同じように人間の子供の姿になった螢島春人ことアマティアルと、忍夏彦ことガルガデルの2人を従えて、無防備な子供の姿のままでいる大天使たちをさらおうとするサタンと戦っていた。

 サタンが最も狙っているのはナンバー0の大天使で、決して誰にも姿を見せず彼なのか彼女なのかも分からないラジェルが持っていたという”ラジェルの書”。それを持つ者はすべての生物の生命の鍵を握ることができるとあって、今は神氷河と名乗っているメタトロンもアマティアルもガルガデルも、クラスメートの誰がいったいラジェルなのかを知らないながらも、サタンの攻撃を賢明にしのいでいた。

 ある時は事情を知らないクラスメートたちが、肝試しだと言って入った夜中の理科室に現れたサタンを撃退し、ある時は違うクラスの男子に影響を及ぼして、季冬繭という名のクラスメートの少女を襲おうとしたサタンを撃退するメタトロンたち。物語はそんな彼らの戦いをひとつの軸に、本当に天使なのかどうかすら分からないまま、熱にうなされるように奇妙な行動を繰り返していた繭の正体探しをもうひとつの軸にして進んでいく。

 気になるのはやはり、英知の塊とも言える大天使たちが、記憶を奪われているとはいっても小学生として半ズボン履いて動き回ったり、ランドセルを背負って学校に通っては、小学生として小学生ならではの言動をとっていた、という事実を”審判の日”に覚醒して気づいた時の反応だ。物語でもひとりの大天使の覚醒時に、反応の一端が描かれるけれど、人間だったら恥ずかしさに穴を探しそうになるところが、そこは大天使だけあって悠然として当然と受け止め、開き直りすらしていないところが面白い。

 天使だった頃の記憶を持ったまま小学生の姿になっている、アマティアルやガルガデルといった天使たちの反応の方がむしろ人間に近く、天国だったら口もきけず近くにすら寄れないくらいに身分違いのメタトロンを相手にして、たとえ子供の姿であってもどこかに畏敬の念を抱き態度にもそれが現れているような所がある。もっともそこは柔軟な天使たち、最初はメタトロンに敬意を表してひれ伏していたガルデガルが、周囲の疑念を抱かせないよう配慮したこと以上に、それが相応しいといった態度でどんどんと対等の口をきき始める展開になっていて、やはり天使だと思わせる。

 とりあえずは幾人かの大天使が、小学生の男女になってクラスにいることが判明したけれど、残る大天使はいったい誰なのかが、これからの展開で示されていくことなりそうで、わくわくとした正体探しの楽しみを抱かせてくれそうな予感がする。うっすらと指し示されるメタトロンだけが記憶を持っている意味と、”審判の日”の目的がたどりつく結末のどういった有様になるのかにも興味がわく。

 夜の理科教室の探検に、わいわいと集まってのゲーム大会、誰が誰を好きで嫌いといった恋愛ごっことさまざまなシーンとして描かれる、登場人物たちの小学生ならではの振る舞い言動が思い出させる、昔なつかしい小学生時代への憧憬も読んでいて楽しい要素。これからの展開に胸躍らせつつ、小学生時代の懐かしさとそして小学生時代にしでかしたことへの恥ずかしさを覚えながら、シリーズの進んでいく様を楽しんでいきたい。


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