バビロン 1 −女−

 驚きの上に驚きを重ね、さらにその上に驚きを重ねてくる作家。野崎まどについて語るなら、そういった紹介ができるかもしれない。

 手近なところでは、「独創短編シリーズ 野崎まど劇場」に寄せられた短編群がある。そのどれもが奇想の上に異常な展開を加えて、誰も見たことがない光景をそこに現出させた。

 あるいは「ファンタジスタドール イヴ」。カードによって呼び出される美少女たちがバトルを繰り広げる内容のアニメーションが、太宰治ばりの暗黒青春小説へと転換されて、物語の過去に起こっただろうさまざまな経緯が語られ、煌びやかなアニメの世界をドロドロとした葛藤の延長へと変えた。

 決して一筋縄ではいかない作家。そういった理解を得て紡ぎ出される物語を手にとっても、そういった理解を遙かに上回る驚きをぶつけてくるからたまらない。講談社タイガという新しいレーベルの創刊ラインアップとして登場した「バビロン 1 −女−」(講談社タイガ文庫、690円)も同様に、読み始めて受ける印象が次の段階で覆され、さらに読み進めてさらにひっくり返される驚きを味わえる物語になっている。

 発端は、東京地検特捜部に所属する正崎善という検事が、事務官の文詞彦を使いながら、製薬会社と大学との癒着を捜査し始めたことだった。それ自体も新薬の臨床研究に製薬会社が金を出し、自分たちに有利なデータを出してもらって早く認可してもらい、一儲けしようといった思惑が透けて見えるもの。立派にひとつの贈収賄事件であり、薬害にすら?がりかねない事件で、解明が待たれた。

 政治家が絡むような疑獄事件ではなく、世間の注目はすぐさま薄れてしまったものの、正しくて善いという言葉が名前に入っているから、ではなくても職務に忠実な正崎検事は、押収した資料を読み込んで捜査を進展させようとしていた、そんな最中。資料の間から現れた奇妙なペーパーに不穏な何かを感じた正崎検事は、それを書いただろう研究者の行方を求めて大学へと向かう。

 ここまでなら、いわゆる検事物のミステリとして受け止められそうな展開で、そんな捜査の向こう側に、政権与党の大物政治家が浮かび上がって、政治的にとてつもないことをやっているのではないかという憶測も浮かんで来ても、ミステリとしての体裁はまだ崩れない。奇妙な死体に行き当たっても、それは政治が絡んだ謀略に巻き込まれたもの。眠る巨悪を暴くため、正崎検事は手綱をしぼって核心へと迫っていくという、そんな展開が予想される。ところが。

 やはり驚きに驚きを重ねてさらに驚かせる、異色にして異例の書き手である野崎まど。この「バビロン 1 −女−」もただの検事物のミステリで終わるはずがなく、想像をはるかに超えた事実が浮かび上がり、それで驚いていたら、さらにとてつもない状況が立ち現れて、巨悪の陰謀など塵に思えるくらいの壮大なテーマを突きつけられる。

 それは何かと言ってしまっても、驚きを減衰するだけなので触れずにおくけれど、参考までに挙げるなら、学園が舞台の演劇がテーマになった青春ミステリにに見えた「2」が、人類の進化を問うようなとてつもないSFへと変化していったことにも似た広がり方を味わえる。そんな作品だ。

 一種のパラダイムシフトともいえる変革を目の当たりにして、正崎検事はいったいどう動くのか。とてつもない事態を受けて、社会はいったいどう変わるのか。そして読者は、提示される言葉を浴び、概念を受けてどう思うように変貌していくのか。それが知りたくて仕方が無い。知ってどうなってしまうかを想像するのは恐ろしいけれど、いずれ出される答えだ。目を背けることなく受け止めよう。

 それにしても、「2」の最原最早といい、「know」の道終・知ルといい、物語の中にとてつもない驚きを与え、とてつもない恐怖をもたらし、とてつもない誘惑を示す女性を繰り出してくることに長けた野崎まど。「バビロン 1 −女−」にもそんな女がひとり、登場しては世界を揺るがす。最原最早も道終・知ルも超えるかもしれないファム・ファタール。彼女がもたらす混沌と混乱とどう付き合って、無事に物語を読み終えられるか。

 読者は試されている。


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