大野財閥の本邸執事を務めるセーラ・皆園寺は、仕事に厳しい上に格闘の技にも秀でていて、チンピラどもに囲まれても超然としてヒールを腹へめり込ませ、相手の拳を手刀で砕いて股間を蹴り上げ、瞬時のうちにねじ伏せる。治安局のリズは覆面をかぶって鉄パイプでチンピラの向こうずねを刈り上げ、殴り叩いて聞きたいことをちゃっかり聞き出す。

 加えて英国から日本を訪問した女王の通訳を任されて、英語なんて分からないと勝手な日本語を並べ立て、「亀頭は熱さを感じない」だの「北京では教会や各国の大使館等に火が放たれ、大勢の外国人が西太后の命令によって虐殺されました」と喋って関係者の間に大混乱を巻き起こす。

 敬虔で清楚なシスターのマリアンヌはロンドン神学校始まって以来の秀才と称され、IQ145という聡明さと、神への深い信奉を身にまとって日本へとやって来たものの、無神論者の山ほどいる国でうまくいかない布教に、溜まったストレスを発散すべく酒場へと出むいては、ドラッグを囓り酒を飲んで「いい加減にしろ三等国人ども」と叫び、怪鳥音とともに酔八仙を繰り出し数十秒で酒場の用心棒どもを床に這わせる。

 リズを配下に持つ治安局の副局長のフレデゴッドは、とてつもなくグラマラスな外見を誇りながらもその腹の奥で陰謀めぐらせ、真面目さだけが取り柄のジン・ウーロン治安局長の失敗を見つけて局を自在に操ろうと企む。100キロ近い豊満なボディーを持った怪盗淑女のドリーも、1度捕まり悔い改めて、もう普通の人間に戻ると言いつつ腹の中はいまだに灰色。どちらに転ぶか分からない。

 関東州を陰で操る2つの勢力のうちの中華系マフィア、フー一家の娘フー・スーシャンに教育係として仕えるミンは、仕事に実直そうな風体を見せながらも本当のところは分からない。そして当のフー・スーシャンもやっぱりいろいろと心の闇を抱えている。出てくる女性のキャラクターで、真っ当なのは誰ひとりとしていやしない上に、ヒロイン格の大野財閥の令嬢、ユリにしてからが電脳掏摸、すなわちハッキングのエキスパートとして闇社会に名を響かせている。

 女性上位。女性絶対。女性完璧。そんな女性キャラクターたちのたっぷりの登場を持った小説が、中田明の「バベル」(電撃文庫、590円)。その物語は、フー一家の娘のフー・スーシャンが、やはり関東州を2分するゴールドロップファミリーの御曹司で、性格も顔も最低最悪のトム・ゴールドロップと結婚させられそうになっていた矢先に何者かによって誘拐されて動き出す。

 フー・スーシャンのボディーガードを務めていたチェン・カーキという男にかつて世話になりながら、フー一家の嫌われ者の幹部をしめて破門となったシュンペータという少年が、娘をさらわれた責任をとらされかねないチェン・カーキを心配し、事件に関わろうとしたとおろに、シュンペータが現在身を預けている大野財閥の令嬢のユリが割って入って、いっしょに事件の解決に挑むことになった。

 圧倒的な存在感を放つ女性たちに比べて、シュンペータは主人公らしく行動力こそあるものの、頭は良くなく力も圧倒的ではなく、どこか行動には手詰まり感がたっぷり。シュンペータが助けたいと思っているチェン・カーキも強いはずなのに活躍する姿を見せないまま、場から退いていく。そんな2人をこき使おうとするマフィアの幹部のフー・ホアンホアンも、ボスのフー・マンシュも小物感がたっぷり。誰1人として格好良さから人を引きつけるようなことがない。

 いるとしたらただひとり、怪盗淑女ドリーを相手に勝負を挑んで、宝石で作られた国法の彫刻「肺魚」が美術館から消えてしまった事件に挑み、みごと解決してのける碇矢探偵事務所の美青年ロギーくらいか。その上司は切れ者ながらもやっぱり俗物。フー・スーシャンの誘拐事件で動いた身代金をかすめ取ろうとしてはバレて誹られる。やっぱり格好悪い。

 だから読みどころはやはり破天荒極まりない女性たちの、凶暴で凶悪で強靱な活躍ぶりということになりそう。その暴力にもその言葉にも、ただひたすらに圧倒されるだろう。あとひとつ、あるとしたらフー・スーシャンが誘拐された事件の裏を探り、国宝の肺魚が消えてしまった事件の真相を暴いて、怪盗淑女ドリーの挑戦を退けるいくミステリー的な展開か。

 男性の読者が身を沿わせる男性キャラクターがあまりにも不甲斐なく、読むときのつかみ所に困るかもしれないけれど、ロギーのクールで聡明な活躍ぶりをわが身と思うなり、性別を超えて圧倒的な女性への同位を図るなり、ミステリー面での謎解きに集中するなりすれば大丈夫、きっと読んでいけるだろう。とはいえ余りにハチャメチャすぎるリズには少し、身を沿わせたくないような。太い神経の持ち主でないと、自責の念が浮かんで胃に穴が開く。

 多彩過ぎるキャラクターたちが連なり重なり合ってつむがれていく展開を、驚きながらどこへ連れて行かれるんだろう、そしてどう繋がっていくんだろうとワクワクしながら読んでいけるという部分では、成田良吾のデビュー作「バッカーノ!」(電撃文庫)に似た雰囲気。そして「バッカーノ!」では少なかった女性たちの凄みを、この「バベル」では存分に味わえる。

 耳に打ち込まれる小型爆弾。連邦制が導入された日本。そんなテクノロジーの進歩や社会変革面から未来を描いたSF的な要素も楽しめそう。でもやっぱりこれからも、シリーズとして続くとしたら圧倒的に凄まじい女性たちの暴力と乱闘と、知略と策謀を読ませてくれたら世の女たちから喝采で、そして世の男たちからは戦慄でもって迎えら得る物語となっていくだろう。なにはともあれセーラ・皆園寺の格闘をもっと。


積ん読パラダイスへ戻る