アトリウムの恋人アトリウムの恋人2

 携帯電話のGPS機能を使って、ある場所に行けばそこだけのアイテムがもらえたり、対戦相手が現れるゲームが実在するのは知ってのとおり。大きい画面がついたスマートフォンとカメラの組み合わせで、モニターに映っているる現実空間に、ネットの仮想空間を重ね合わせてゲームをプレーすることもできるようになっている。いわゆるAR(書く超現実)という奴だ。

 もっとも、そのゲームが昔ながらの戦略シミュレーションゲームのようなものだったら。土橋真二郎が、現実をなぞらえたネット空間が存在する東京を舞台に描くシリーズの第2弾「アトリウムの恋人2」(電撃文庫、610円)の場面のように、いささか滑稽な状況が現れる。

 前作「アトリウムの恋人」(電撃文庫、580円)では、東京をまるごとネットの中に構築した東京スフィアという体感型の仮想空間が、発生するバグの増加によって崩壊してから数年後。ある理由から自己修復した東京スフィアに再侵入して、親しい少女を助けようとして、冒険と戦いを繰り広げる少年少女のストーリーが描かれた。

 かつての崩壊時に、心をそこに残してしまったことで、目覚めると東京スフィアの記憶がすっぽりと抜けていた青原遙花という少女が、なぜか忘れているはずの東京スフィアへの参加チケットを持って現れた。そして遙花は、かつての仲間だったが、今はそうした記憶を持っておらず、ただのクラスメートとして認識している前田篤人らネットワークゲーム研究会のメンバーに、東京スフィアとは何か、どうやって入るのかと訪ねてきた。

 驚きながらも過去の経緯を一切伏せて、前田たちは遙花を連れて東京スフィアへと入り、そこでふたたび始まっていたバトルに身を投じる。やがて現れた、ネット空間に残されたハルカという人格を追った果て。リアルとバーチャルの間で揺れる心の真偽が問われ、同時に自分という存在の真偽を問われる。

 そんなシリアスさを持った前作と比べると、今度は少しばかりコミカルなストーリーが展開される。前田たちが今回挑むのは、仮想空間ではなく現実の世界を舞台にして、仮想空間を重ねるように構築されたシミュレーションゲーム。突然に寄せられた東京を侵略するという予告。防ぐには秋葉原や高尾山など4カ所にいるボスを倒す必要があった。

 そのゲームでプレーヤーは、戦士や魔法使いといった役を与えられ、パーティを組んで動くことになるが、どこまでも移動できるはずの現実空間を、なぜか簡単には動け回れなくなってしまった。現実空間に重ね合わされたのは、昔懐かしい戦略シミュレーションゲーム。東京のすべてを細かいマス目に仕切った上で、ひとつのマス目には1人しか入れないようにしてあるから、パーティーは近寄ったり離れたりできない。

 ルールどおりにしか進めないため、移動するのも一苦労。外れれば失格となるから、電車にも乗れず新宿御苑から中野まで歩いて移動したほど。やがてルールの適用外も見えてくるため苦労は経るが、同じ魔王を倒す仲間であるはずの他のパーティから、疑心暗鬼も手伝って攻撃をくらうことがたびたびあって、気が抜けない状態が常に続く。

 秋葉原へと行き魔王軍のメイドたちと戦い、高尾山へと行って騎兵の集団から逃げ回り、立川にある昭和記念公演で長距離攻撃が得意な弓兵を相手にしたりと、大変な日々を送る前田たち。傍目に見ると、何人かが固まって端末を操作している不思議な集団といった印象だが、実際には、東京を救おうとゲーム上で激しいバトルを繰り広げているという、そのギャップがどこかおかしい。

 もっとも、スマートフォンを持つ者が電車の中で様々な情報にアクセスし、コミュニケーションをとっている一方で、持っていない者は眠ったり喋ったり、新聞を読んだり本を読むといった昔ながらの時間を過ごす。その間に生まれるだろうさまざまな“差異”は、やがてどういった文化的社会的な変化をもたらすのか。そんな関心を誘われる。

 ARというものが持つ可能性についても、いろいろと教えてくれそうな物語。すでにあるスマートフォンや携帯電話と、ARを組み合わせたゲームの中から、同じようなスケール感を持ったゲームが出てくれば、その賞金なり成果によっては、誰もが家に居ながらの暮らしを捨てて、外へと飛び出していくことになるのだろう。ただし戦略シミュレーションゲームだけは勘弁。集団が1マスづつ進む姿は傍目にも滑稽なら、自分でも疲れそうだから


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