アルヴ・レズル −機械仕掛けの妖精たち−

 川原礫のライトノベルが原作で、テレビアニメーションにもなった「ソードアート・オンライン」では、ネットに意識を没入させて、ファンタジーの世界に滞在しているかのような体験ができるゲームを楽しんでいた人たちが、その世界に囚われ、閉じこめられる描写がある。なおかつそこの世界での死が、ネットへと意識をつないでいる機器を作動させて、現実世界にある肉体の死にもつながるという、苛烈な設定がされていて、主人公たちは解放される唯一の道として、ゲームのクリアを目指しゲームを闘い続ける羽目となった。

 山口優による「アルヴ・レズル −機械仕掛けの妖精たち−」(講談社BOX、1200円)でも、ナノマシンを通して意識をネットワーク上に没入させることが可能になった未来、肉体をボディ・プールという特殊なカプセル内に漂わせることで維持しつつ、意識だけをネットに飛ばして、効率的に知識を吸収したり、ゲームで遊んだりできるようになった2022年の世界が登場する。それは「ソードアート・オンライン」よりも進んだテクノロジーで、やはりオンラインゲームがテーマになった、柾悟朗の「ヴィーナス・シティ」に近いテクノロジーかもしれない。

 もっとも、「アルヴ・レズル」ではそうしたネット内での出来事には、物語の主題は置かれていない。沖ノ鳥島という、日本にとって最南端に位置する孤島というか岩礁の周辺に、巨大なメガフロートが作られ研究施設などが移設され、巨大な都市となって大勢の人が暮らすようになっていた。御影詩稀という少女も学業のためにそこに移住したものの、より効率的に学習できるようボディ・プールに入ってネットへ常時アクセスできる環境を整えつつ、息抜きにネクストライフという仮想空間を体感する一種のゲームを遊んでいた。

 そして起こったアーリー・ラプチャーという事件。同じネクストライフを楽しんでいた30万人のプレーヤーが、同時に“魂”をネットに持っていかれ、そのうち25万人ほどは命すら失ってしまった。残った者も意識が戻らないまま、生命維持装置につながれた状態で生きながらえていた。帰ってきた人の話は聞こえてこない。だからもうダメなのかもしれないと思いながら、詩希の兄の御影礼望は真相を求めて、詩希の体がある沖ノ鳥島メガフロートへと乗り込み、今は誰もいないはずの詩希の部屋を尋ねる。

 そこに、病院で眠り続けているはずの詩希が生き返って現れた。治ったのか? どうも違う。一人称が詩希では使っていなかったボクになっていた。そして自分は詩希ではないらしいといい、そもそも誰だったという記憶がまるでないと訴えた。ただの記憶喪失でないことは、詩希の本当の両親が事故で死んだ時に受けたはずのトラウマが、なくなっていたことからも伺えた。ひとりぼっちになった彼女を、礼望の家で引き取り兄妹のように育って来た、その思い出がすべて消えていた。

 そんな詩希、というより誰か分からないまま「詩」の文字からポエムと呼ばれるようになった彼女は、突然襲ってきた軍用のロボット犬を操る比良坂唯という少女を相手に、ネットを通じてハッキングめいたことを仕掛けて戦い、強敵なはずの相手を退かせてしまった。ナノマシンからネットワークを通してあらゆる電子回路に侵入して操作したり、人間であってもそうしたナノマシンのサポートを受けている人間なら感覚を操り幻を見せるような能力が、復活したポエムには生まれていた。

 ますます誰なのかが分からなくなって焦る礼望。だからといって見捨てることはできず、仮に誰か別のプレーヤーの意識が入り込んでいるのだとしても、相手も自分の体を失い心だけでさまよっているかもしれないと考え、2人で事件の真相に近づこうとする。

 ここまでは、「アニメミライ2013」という文化庁が主導して、若手アニメーターを育成する企画によって、アニメーション化された同名の「アルヴ・レズル」という作品でも描かれている。そして物語はこの後、アーリー・ラプチャーから“生還”していた幾人かの少女たちが、敵らしい組織の指令を受けて襲ってくるのを相手にし、あるいは撃退し、あるいは味方に引き入れ反撃に移るストーリーへと向かっていく。

 そうした敵にも、ポエムと同様にそれぞれに能力が生まれていて、例えば手にした扇子を仰ぐことによって空気を動かし、それを街にたくさんあって電力の供給源になっている風車を操って暴風へと発展させたり、同じように太陽光をエネルギーに替えるために設置されたパネルを操作して、思う場所に高熱を発生させたりしてポエムと礼望を追いつめる。

 そんな、さまざまなテクノロジーを利用して攻めてくる敵たちを相手に、少年とその妹が持てる力をどう使い、挑み倒していくかという部分がひとつの読みどころ。その上で、ポエムの中に入っている存在がいったい何者で、30万人の“魂”が奪われたアーリー・ラプチャーという事件の中心にいるらしいというのは本当か、といった問題が立ち上がって、礼望を悩ませ迷わせながら、真相へと迫っていく展開が楽しめる。

 日本SF新人賞を受賞したデビュー作の「シンギュラリティ・コンクェスト −女神の誓約−」とも共通する、人間性とは何かという命題と、人間を超える知性が存在する可能性を問うた本格SF作品。都市がAR(拡張現実)に覆われた世界が舞台となった、東出祐一郎の「オーギュメント・アルカディア」とも重なる、テクノロジーが進化した世界の有り様も見せてくれる。読めばさまざまな発見を得られるだろう。

 そんな本格的なテーマを含んで描かれながらも、トータルな印象としては、美少女たちによる過激で華麗な異能バトルとなっているのも、この作品の大きな特徴だ。一部美少女なのか? と思わせる人物も出てくるけれど、小さいながらもしっかり膨らんでいるなら、それはやはり美少女だということで。

 そして可能なら、ロボット犬を操る比良坂唯以外の少女たちとのバトルも、是非にアニメーションで見たいもの。それには、もっと多くに「アルヴ・レズル −機械仕掛けの妖精たち−」が読まれなくてはならない。ならば読むしかない。


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