アート・マネージメント

 東京で食べられる名古屋の味といえば、銀座にある「名古屋きしめん亭」をいの1番にあげたい。地下鉄丸の内線の銀座駅のすぐ横の、東海銀行が入っているビルの地下にある。昼時ともなると結構な人数のお客が入っていて、なかなかゆっくりときしめんの歯ごたえを楽しむことができないので、たいていは昼前の空いている時間を見計らって飛び込む。

 この店できしめんを食べたあと、時間があればいつも、いったん地上に出て、ほぼナナメ向かいにある朝日ソノラマのビルの地下にまた降りて、「佐谷画廊」をのぞくことにしている。ジャコメッティとか、戸谷成雄とか、清水九兵衛とかいった現代作家の作品を専門に展示しているギャラリーで、こなた狭いスペースに時には天井まで届こうかという彫刻作品が1点だけ、あるいは四方の壁を使ってずらり掲げられた何10点もの絵画作品といった具合に、いつも趣向に飛んだ企画展が開かれている。

 「アート・マネージメント」(平凡社、2400円)という本を本屋で見かけたとき、作者の佐谷和彦氏と佐谷画廊とが、すぐには結びつかなかった。現代美術の最先端を見せてくれるギャラリーのオーナーが、文化の領域にあるアートと、経済の領域にあるマネージメントとを結び合わせるような内容の本を著す人だとは、ちょっと想像できなかったからだ。また、本の表紙に使われている絵がパウル・クレーだったことも、僕が見た佐谷画廊の企画展の内容と、うまく重なり合わさらなかった。

 文化に携わる仕事とはいっても、商売でやる以上は経営感覚が要求される。その点、著者は農林中央金庫で融資業務を担当したほどの財務通で、この本にも「画廊の財務」という1項を設けて、バランスシートや損益計算書といった、企業経営には当たり前につきまとう面から、画廊経営の健全性をいかに維持するかを説明している。一方では文化に携わる者として、入れ物主導の日本の美術館運営に苦言を呈し、かつての大原美術館や、最近では川村美術館のような、作品に入れ物の何倍もの費用を配分する方法に、支持を与えている。まず作品ありきというその姿勢は、無論ゼネコン行政、ソフト不在等々の、日本の文化事業、文化行政のあり方への反発に他ならない。小さな画廊のオーナーが、世界に名だたる彫刻家の作品を扱い、世界の美術マーケットで確固たる地歩を築き上げることができたのも、こうした卓見があってのことだろう。

 クリストへの深い理解や、パウル・クレーへの愛情も、僕自身の好みに近いものがあって、とても共感できた。惜しむらくはそれぞれの項が、実に淡々と記述されていて、画廊経営における苦労話とか、あるいはバブル期を経た昨今の画廊経営の難しさといった、内幕物的な興味をひらりとかわされてしまったことがある。それも作者の人柄なのだろう。

 先だって訪れた佐谷画廊では、戸谷成雄の新作が、展示室の半分以上の空間を使って、ただ1点だけ置かれていた。圧倒される存在感と、木という素材が持つ温もりに空間が包み込まれていて、何分でも見ていたくなった。

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