青空にとおく酒浸り 第1巻−第3巻

 第1巻からさほどおかずに第2巻が出たと思ったら、もう第3巻まで出てしまった「青空にとおく酒浸り」(徳間書店、各590円)に、いったい何が作者の安永航一郎に起こっているんだ? と驚いた人も全国各地に多そうだ。

 連載開始から幾年月、普通だったらとっくに出ていたはずなのに、出ていなかったものが、ようやくまとめて出ただけだと言えば言える話だが、それはそれとして2000年代も10年と半年が過ぎた2010年6月前後に、安永航一郎の新刊を読んでいられるこの幸福、デビューしたあたりから絵柄も中身もまるで変わらず衰えていないこの奇跡を、誰もが心から喜ぶべきだろう。

 島本和彦や細野不二彦や岡崎つぐおといった漫画家に並んで、安永航一郎という名は「増刊少年サンデー」という、今はもうない漫画誌で目にした。そのうち島本和彦の「風の戦士ダン」は、原作付きではありながらも登場するキャラクターの理不尽に近い熱さ強さと、そして状況が読めない女性キャラのかわいらしさといった、今の島本和彦に通じるというか、そのまま島本和彦という感じの内容で、忍者の世界の厳しさが激しいタッチで描かれてあって楽しめた。

 細野不二彦は言わずと知れた「さすがの猿飛」の作者で、ポニーテールの少女の可愛らしさを改めて認知させてくれた上に、デブだけれどもやるときはやるヒーロー像というものを示して、世のイケメンではない男子に夢と希望を与えた。未だに希望ではあるけれど。岡崎つぐおは「ジャスティ」。格好良いヒーローにかわいいヒロインの絵柄は、細野不二彦や美樹本晴彦といった今のアニメ界につながるキャラクターの造形として、確実に源流を形作った。

 まさに多士済々が集い、未来の漫画界を自分が担うと意気込み、競い合っていた「増刊少年サンデー」でも、ひときわ異彩を放っていたのが安永航一郎だった。「県立地球防衛軍」は熱さもと激しさとも対極のヌけた軽さを描きながらも、その中にオタク心をくすぐるガジェットなり展開を放り込んで、10代SF特撮漫画マニアの心をぐわっと鷲掴みにした。あとは女性キャラの可愛さ。バラダギのどこか粗忽な愛らしさは今もってあらゆるキャラクターを凌駕する。

 記憶では初見は第1話ではなく、しいたけヨーグルトが出てきた回だったけれども、その1本で、学園的日常に紛れ込んだ地球防衛軍という異質な奴らの繰り広げるひきんなドタバタに引っ張り込まれた。思えばゆうきまさみの「究極超人あーる」にも通じるエッセンス。そして今なら「エクセル・サーガ」にそのまま重なるエッセンス。そうした歴史に刻まれた傑作群の源流は、安永航一郎にあったのだ。

 増刊から週刊に場を移した「陸軍中野予備校」を経て、あれやこれやと怪作を出し続けては、「巨乳ハンター」だの「火星人刑事」だのといった設定のバカバカしさとのぞかせるエロスとで、世の男子を歳も問わずに引き込みながらしばしの沈黙。単行本も出ず新作に触れられる機会もない中で始まった「青空にとおく酒浸り」で、マイクロマシンに冒された少女の大活躍が描かれる、と見せかけ実は非道な親父の暴れっぷりにシフトしつつ、それでもちゃんとしっかり異能の力の無駄遣いっぷりを描いてくれた。

 最新の第3巻も最高にバカバカしくてエロくて、ハイテンションのまま読み終えられ、そしてまだまだ読みたい気分にさせられる。ノーパナイザーの戦いぶりの凄まじさは、人智を越えた力によってなされることは、たとえそれが手を使わない下着剥ぎであったとしても、ある種の感銘を誘う。加えて安永航一郎でも屈指のキャラクター、火星人刑事の再来が、長く当該のコミックスの新刊を待ちわびるマニアに、あるいは刊行が近いのかもといった強い希望を抱かせる。

 今回はそんな火星人刑事になるキャラクターにも味があった。なるほど中身は元男であっても、今は完璧なまでに美女のマルセイユ。それが年甲斐もなく、けれどもとてつもなく似合っているセーラー服姿で火星人刑事となって、臍から下を丸出しにしてカポエイラもかくやとおもわせる足技で戦い抜く。何という眼福。何という重畳。これが現代の最高のアニメーションによって動いたら、という希望も湧いて吹き上がる。

 そのためにはやはり本家「火星人刑事」がしっかりすぐさま読める環境にならないといけないのだが、売ってないのが何よりのウイークポイント。古本屋でもまず見かけることはない。もっとも今はタイミングも良く電子書籍の時代。印刷製本配本返本という手間を経ずともデータ化して配信すれば手に届くし返本もなし。版元あるいは作家あるいは新しく版元を希望する会社はすぐさま「火星人刑事」と「巨乳ハンター」のデータ化に取りかかって、iPad向けでもPC向けでも良いから配本するのだ。

 それがかなえば次はいよいよ「青空にとおく酒浸り」の実写ドラマ化を。ノーパナイザーの妙技を超高速撮影を駆使してしっかり見せてほしいし、マルセイユが変じた火星人刑事の戦いぶりを大画面でしっかりと見たい。親父の傍若無人さはアニメよりも実写の方が絶対に迫力を出せる。とんでもない作品が実写ドラマとなって深夜に放送される時代なだけに、十分に可能だと思うが、果たして。


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