All You Need Is Kill

 「神林長平氏大絶賛」という帯が、10代を中心にライトノベルといわれる文庫を主に読んできた読者たちに、どれだけの浸透力を持っているかは不明だが、こと80年代をSFに浸って生きた世代にとって、神林長平という名は良質にして傑作のSF作品群と、等号で結ばれる存在。その人物が「必携の武器は三つ、愛と勇気と戦闘斧。高度な技術を桜坂洋が披露する。ハッピーなのにほろ苦い、ラストの味は、見事だ」と帯に寄せてる本があれば、神林長平の洗礼を受けた層が読まず捨て置くことは不可能だ。

 なおかつカバーは安倍吉俊。テレビアニメーションの「lain」でその名をアニメなファンに浸透させ、滝本竜彦の「ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ」や「NHKにようこそ」で雪崎絵理に岬という、家に引きこもる若い世代のアイドルを絵として顕現させた人物が、ダークなトーンの中に佇む、初年兵らしからぬ眼光を輝かせる青年を、パワードスーツ然としたメカに搭乗させたイラストを寄せている。

 神林長平に安倍吉俊。その2人の名をかざされれば、例え著者に覚えがなくても書店で目に見て手を伸ばす人は大勢いる。そして読了後は、その大勢が脳裏に強く著者の名前を刻みつけ、そして著作の名前を刻みつけるのだ。

 本の名は「All You Need Is Kill」(集英社スーパーダッシュ文庫、600円)。そして著者の名は桜坂洋。「よくわかる現代魔法」シリーズでパンツをはいていない美少女キャラクターを世に送り込んでは喝采を浴び、一方でチェーンソーを振り回すヒロインをさいたま市に現出させてSF方面からも著者が、次に現したスーパーにしてアルティメットなウエポンがこの本だ。その破壊力は宇宙すらも吹き飛ばし、誰もが面白さに卒倒する。そして気がつくとスーパーダッシュ文庫が枕元に置いてある目覚めを迎えることになる。

 舞台は”ギタイ”と呼ばれる、バーボンの樽に手足が生えたような生き物によって侵略されつつある地球の中の日本列島、そしてそのうちの千葉県を形作る房総半島。まだ若いキリヤ・ケイジは志願して、日本をギタイから守ろうと戦っている統合防疫軍に入り、訓練を終えて房総半島にはる舞台に配属される。初年兵でろくすっぽ戦い方もしらないまま、キリヤ・ケイジはジャケットと呼ばれる一種のパワードスーツを身に纏い、ギタイとの戦闘に送り込まれてそして瀕死の状況へと陥る。

 飛び交う弾丸の中で仲間はばたばたと死に、そしてその命も風前の灯火となっていた時、1機のジャケットが飛び込んできて、ギタイを相手に獅子奮迅といった戦いぶりを見せて群がるギタイを屠る。その名はリタ・ヴラタスキ。あだ名は戦場の牝犬。1つの戦闘で100ものギタイを殺す力を持ったリタの乱入で、ほんの少しだけ延びた命を使って、キリヤ・ケイジはどこか他のものとは違った雰囲気をまとったギタイを始末し、そして死に至る。

 バッドエンド。リスタート。

 そして目覚めるとキリヤ・ケイジの枕元、に読みかけのペーパーバックが置いてあり、そこからキリヤ・ケイジの無限な時間の中における孤独な戦いが幕を開ける。初年兵として繰り返される日々のなか、初年兵としての肉体を保ちながらもギタイに関する知識を増やし、闘う技術を高め、弊紙としての不敵さを増し古参兵ばりの眼光を持つ男となっていく。

 いったいキリヤ・ケイジに何が起こったのか。明らかになる仕掛けはとてつもなくハードでなおかつスタイリッシュ。体験が死をも含めて知識となり積み重なっていくという設定を、コンピュータを借りずに実現する方法が提示されて驚かされる。なおかつそうした設定が、ループ的な状況を作り出したいがためのものではなく、ギタイ側の事情も含めて世界にとって意味のあるものになっているところが、ゲーム的な閉鎖された空間で波風を起こし、反応を伺い見るタイプの物語をは一線を画した緊張感を与えてくれる。

 主体をゲームのプレーヤー的な外部の存在に置いたとすれば、繰り返され積み重なる体験はすべてが1人のものとなる。キリヤ・ケイジをゲームプレーヤーになぞらえ、彼に身を委ねて読めば、「All You Need Is Kill」はバッドエンドからリスタートを繰り返し、エンディングへとたどり着いた時にわき上がる快感に近い感情を得られるだろう。

 だが間違ってはいけない。キリヤ・ケイジは外部に身を置くゲームのプレーヤーではない。体験はその肉体で得たものではない。知識はその目で見たものではない。1つの脳髄に宿る1つの記憶は1人の人間にとって唯一にしてかけがえのないものである。そして迎える死は永遠にして絶対的なものとなる。1人1人のキリヤ・ケイジに与えられるそれぞれの体験を、どれもが代え難いものであり、リスタートではないのだと認識した時、人はそれでも次につながるからと、キリヤ・ケイジに身をなぞらえて笑っていられるのだろうか。それとも断絶してしまう記憶に怖れおののくのだろうか。生と死のゆらぐ境界が、そんな思いを抱かせる。

 ギタイの目的が単なる侵略者ではないという点も作品世界に奥深さを与え、知れば知るほど未来に絶望を抱きたくなる。もっともそれほどの緊張感に溢れた世界であるにも関わらず、米国では映画が作られ日本ではフィギュアが作られるくらいに平静を保っているのは、世界に迫る危機に関する情報統制が行き渡っているからなのだろうか。それともリタなりキリヤ・ケイジといった存在が世界のあちらこちらにいて、拮抗から反抗への狼煙をあげていたりするからなのか。

 シビアな情勢であるにもかかわらずどこかドライな筆致と不条理な展開、コミュニケーション不全な相手との戦いといったトーンは、確かに神林長平に近いものがある。戦闘シーンの迫力は満点で、眼鏡にお下げの美少女キャラも出てきたりとサービスも満点。それでいて得られる感嘆に感慨。「All You Need Is Kill」は間違いなく、21世紀のライトノベル史と、SF史に残り得る作品だ。


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