アリソン

 アフリカで誕生した猿が、長い年月を重ねて進化し、大陸を越え海を渡って蔓延った結果が今の黒人と黄色人種と白人ほかいろいろな色や形をして、キリスト教仏教イスラム教ユダヤ教ほかいろいろな思想を持った、日本アメリカフランス中国イギリスエジプトケニアチリほかいろいろな国籍の人間たちが住む、この地球という星を形作っている。

 つまり人類はすべて、同じ原初へと集約されるものかもしれないと、そう解ってもうかなりの年月が経っているのにも関わらず、世界は今もあちらで紛争にまみれ、憎しみに溢れていたりする。「地球は一家、人類はみな兄弟」という、ある意味真実の言葉も、だからといって何の解決にもなっていない。

 だから。ひとつしかない大陸の西と東に陣取り、山脈と大河を挟んでそれこそ有史以来ずっと闘いを繰り広げて来た結果、恨みも憎しみも歴史の重みの分だけ積み重なった2つの国が、過去の経緯をすべてを水に流して、数千年の歴史から見れば瞬きするくらいの時間で仲直りを果たす、なんて劇的な変化を起こせるはずなどありえない。

 それでも。いつかはすべての人から憎しみが消えて、哀しみのない世界が来て欲しいという気持ちは捨てられない。瞬く間では無理でも、憎しみを重ねた年月と同じだけ喜びを積み重ねていくことによって、いつの日にか人種とか、国籍とか宗教とかいった違いで同じ人間が憎しみあうことのない世界が来て欲しいと思いたい。そんな日に向けた第一歩を踏み出させる役割を、時雨沢恵一の「アリソン」(電撃文庫、610円)は果たそうとしている。

 その世界にある唯一の大陸は、楕円形の中央を1万メートル級の山脈が走り、そこから流れ出たルトニ川によって東西に分断されている。東半分を支配するのがロクシアーヌ連邦、通称ロクシェ。西側を支配するのがベゼル・イルトア王国連合、通称スー・ベー・イル。数々の戦争を経てまとまった東西の”超大国”は、今度は相互を攻撃し合うようになったものの、拮抗していたためか優劣はつかず、以来数千年に渡って競り合いを続けてきた。

 そして35年前、近代になってはじめて大規模な戦争が起こったが、それも決着を付けるには至らず、両大国はルトニ川を挟んでにらみ合った状態で今へと至っていた。そんなある日、ロクシェに属する国の学生だった少年・ヴィルは、幼なじみで今は軍隊で飛行機乗りになった少女・アリソンといっしょに、近隣に暮らす謎の老人に出会う。その老人は、長年に渡って憎しみあっている両国に一気に平和をもたらす宝を知っていると言い、2人にその在処を打ち明けようとする。

 しかし、同じ噂を聞きつけた一味によって老人は、2人の目の前でスー・ベー・イルへと連れ去られてしまう。後を追ってスー・ベー・イルへと乗り込み、老人を助けようとした2人は、持ち前の行動力と知力を駆使し、幸運な出会いにも助けられて老人の居場所へと近づいていく。老人の言ったことは本当なのか。世界に平和をもたらす宝なんて存在するのか。期待と懐疑の交錯するなかで、若者2人の冒険が繰り広げられる。

 傲岸不遜さで鳴るスー・ベー・イルのベゼル王室親衛隊になり切ってしまうアリソンの、傍若無人ぶりが地なのかそれとも演技なのか、やっぱり両方ともなのか分からないくらいになり切ってしまう姿は読んで楽しいし、敵のエースパイロットと繰り広げるプロペラ飛行機での空中戦の描写も、のどかに見えてその実シビアな闘いの様子が伝わって来て興奮させられる。

 そんな冒険を経て、ようやくたどり着いた宝の正体、そしてそれがもたらした結果を考えてみた時、そうなんだろうか、本当にそんなことがあるんだろうかと正直、悩ましい気持ちがわき起って呻吟する。人は容易に解り合えるものではない。たとえ昔は同じ猿だたとしても、それはそれこれはこれ、数年数十年数百年数十年経っても、というより経てば経つほど憎しみは溜まり、ますます払拭しにくなるものなのだから。

 それでもやっぱり、というよりだからこそ、「アリソン」のような物語はもっともっと書かれて欲しいし読まれて欲しい。そして、単純明快な図式で描かれた一種寓話的な物語から、いがみ合うことなんて取るに足らないことなんだと教えられた少女たち、少年たちが長じて国を動かすようになって欲しい。可能だろうか、なんて懐疑はここでは無用。ただひたすらに未来を、憎しみも哀しみも無くしてくれる未来を信じたい。


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