アルビレオ・スクランブル

 生命とはいったいどれだけ強靱なものなのだろう。海外では4万2000年も氷漬けになっていた線虫が復活したという。日本でも2000年埋もれていたハスの種から花が咲いた。乾燥した場所でも空気のない宇宙空間でも生き続けるクマムシという生物の存在も確認されている。生命とは条件さえ整えば案外に強靱なものなのかもしれない。

 もしかしたらこの地球上でも、人間が未だたどり着けない場所に見知らぬ生命が存在しているのかもしれない。高温のマグマの中であったり、超高圧の深海であったり、空気の薄い超高層であったり、極寒の地であったり。宇枝聖の「アルビレオ・スクランブル」(電撃文庫、630円)に登場する極限生物がまさにそうした場所に生きる命たち。もっともそれらは人間にとって有効ではなく、逆に敵となって人類に襲いかかってきた。

 このままでは人類は地球から駆逐されてしまうことになる。そこで人類はアイリーン・ファインマンという名の天才女性科学者の力を借り、ベゼル・キャリバーなる一種のロボットを作り出し、それに適合したパイロットを乗せて極限生物を相手に反攻に出た。熾烈を極めた戦いの果て、ひとりの英雄の自己犠牲を伴う活躍もあって人類はどうにか極限生物の撃退に成功した。

 とはいえ殲滅はできず、未だ残って現れる極限生物を相手に戦う組織は維持され、かつての大戦で英雄的な活躍を見せた霞目吹雪や黒江祥子といった女性パイロットたちが強い敵を相手に戦いつつ、新しいパイロットを養成する動きも進められていた。そんな拠点で働く青年が若松疾風。かつての戦いで吹雪たちとともに英雄のひとりとして活躍しながら、今は訳あってベゼル・キャリバーから降り、基地の中にある食堂で過去を隠して料理人として働いていた。

 吹雪は疾風の正体を知っているし、基地の司令官も黙認状態。美味い料理を出す食堂としてよく利用しては、事情を知らないパイロット候補生たちからはただの食堂のお兄さんにしか見えない疾風が、司令官を相手に軽口を叩く奇妙な日常が続いていた。そんな日々が大きく揺らぐ。

 極限生物が大量発生する兆しが見えた。その狙いは疾風がかつて操縦していた黒いベゼル・キャリバー。パイロットとして戦線に復活できない理由を抱えた疾風は臆するものの、吹雪も祥子も倒された中で後がない状況。疾風は練習機をろくすっぽ操れずにいたものの、そこに潜在能力を感じ正体を隠して教官となり教えていた2人の落ちこぼれパイロット候補生を伴い、戦線へと復帰していく。

 そんなストーリーではかつての英雄の怠惰に見える日常があり、それでも重用されるその能力を次の世代に受け継ぐ役割を果たす展開があって、受けて落ちこぼれだった候補生たちが自分たちの持つ能力に気づいて一種の覚醒を果たす場面もあったりと、複数のキャラクターたちに見せ場が用意されていて、読んでいて1本調子にならない。

 本当の英雄めいた存在がぽっかりと穴のような場所にいて、疾風や吹雪や祥子といった面々にある種の後悔めいた感情を与え続ける。その存在は誰で、今はどうなって、これからどう関わってくるのか。そもそも関わってくる可能性はあるのか、等々の疑問に対して答えが紡がれるだろう続きに今は期待が及ぶ。

 極限生物は果てしなく強大でなおかつしつこいようで、殲滅が可能かは怪しいところ。黒いベゼル・キャリバーを手中に収められでもしたらいったい人類はどうなってしまうのか? 撃退に失敗すれば人類にもはや未来がない状態を疾風や吹雪や仲間たちはどうやって凌ぎ物語を完結へと導くのか? 目下のところそこに関心が及ぶ。

 潜在能力が高すぎて、ありきたりのカリキュラムでは十分に力を発揮できずにいた垂井一美と刈巣まりえが英雄になれるのかも。ただの引き立て役で終わらせず、その才能を物語の中で存分に発揮させ、誰も犠牲にならず誰もが英雄になれるような展開を期待したい。


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