・・・本番十五分前。
昼休みの、まばらな客席のざわめきが、重たい緞帳のすきまから漏れてくる。
リハーサル室での、最後のチューニングを終えたみんなが、慎重に楽器をかかえて舞台そでに集まってくる。
ねえ、だいじょぶかなあ。
ここ指廻んないよ、どうしよう。
本番前の、不安と緊張と、そしてかすかな期待の入りまじったあの独特の雰囲気が、うす暗い舞台そでを包んでいる。引きつって、泣きそうな顔をした一年生が、上級生になだめられている。
午後一番の演奏だ。
前の学校のために静かにしている必要はない。あとは、ステージにならんで、開演を待つだけだ。
舞台そでに全員集まった。みんな、夏休みを他の誰よりも長い時間いっしょに過ごした仲間だ。
緊張はしている。
が、
焦りはない。
とにかくここまで来たのだ。あとは演るだけだ。
みんなの眼が、そういっている。
やるか。
誰からともなく、そう声がかかる。
やるか。
セッティングの準備に忙しいパーカッションが、一生懸命に指を廻す練習をしていたクラリネットが、一瞬仕事をやめた。
楽器でごった返す、狭い舞台袖で、みんなで円陣を組んだ。
真ん中には、副部長の健朗がいる。
ではいきます。
健朗が大きく息を吸い込み怒鳴った。
大高ブラバンファイト
その声に負けじと、みんなが叫ぶ。
ファイト!
また健朗が叫ぶ。
大高ブラバンファイト!
みんなの声が高まる。
ファイト!
ファイト
ファイト
健朗とみんなの、掛け声の応酬。
ファイト!
ファイト
大高〜
そして、全員の声が重なった。
ファイト!
みんなの心が、声にあわせて一つになった。
いけるぞ! と思った。
パラパラ・・・
と、客席から、かすかな拍手。
パラパラ・・・
ためらいがちな拍手がだんだん大きくなってくる。そして、どんどん、どんどん盛んになって来た。
何だろう。
前の学校の演奏が終ったの? みんなの顔に緊張がはしった。もうあとがない。
でも、今は昼休みだ。審査員の先生だって、お昼寝をしているはずだ。
じゃあ、なに?
わけの分からない拍手は、おれらを不安に落としいれた。
不安にたまりかねた健朗が、緞帳の隙間からそっと客席をのぞいた。
おい、みんなこっちみてるぞ。
そうか、分かった。これは 大高ブラバンファイト に対する拍手だ。PTAが喜びそうな話だぜ。「高校生らしくてよろしい」か。そんなんじゃねえ。笑わせないでくれ。
これはおれらの心意気だ。今からたっぷりと聞かせてやるぜ。
・・・一ベルが鳴った。
客席が暗転する。
そして、みんな自分の楽器をもって緞帳の降りたステージに入場する。
気合いは十分だ!
緞帳が上がり、開演を告げるアナウンスが、曲目を紹介する。
コープランドのロデオ。
照明が灯く。
指揮台の横でチョコンとおじぎをした葛城さんが、ノッソリと台に上がる。
棒を見ろよ。といつもの合図。
手が上がった。つられて息を吸う。
そして・・・手が振り下ろされた。
おれらの音楽が始まった。
よく聞けよ、審査員の先生方。
これが俺等の、心の叫びだ!